銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

(千鶴 視点)

名前ちゃんと会えなくなってしまってから、もうひと月以上が経つ。
毎日が心細くて寂しいけれど、今日はとても嬉しい事があった。
ついに土方さんから外出許可を貰えたのである。
勿論、父様を探しに行くためだ。
斎藤さんや沖田さんが土方さんに頼んでくれたというのだから、本当に感謝しかない。

そして私は早速沖田さんの率いる一番組の巡察に同行して、道行く人に父様の事を聞いて回っていた。
腰には名前ちゃんから預かった脇差を差している。
初めは全く情報が掴めなかったけれど……。


「そういう感じの人なら、暫く前に其処の枡屋さんで見かけましたよ」

千鶴「っ!ありがとうございます!」


漸く、一つの手掛かりを掴んだ。
周囲を見渡せばそれらしきお店は直ぐに見つかったため、私は急いでそのお店へと走る。
しかし、店に入ろうとした時だった。

─── ドンッ……


千鶴「わっ……!!」


丁度店から出て来た人にぶつかってしまい、私は尻餅をついてしまう。


千鶴「いたた……」

?「あっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」


目の前に、白く綺麗な手が差し伸べられる。
見上げると、桜の玉簪と薄黄蘗色の着物に身を包んだ美しい女性がいた。
それに私に掛けてくれた声も玉を転がしたような声で、透き通っていて美しい。


千鶴「あ……す、すみません!ちゃんと前を見ていなくて……」

?「………いえ、私の方こそごめんなさい。余所見をしていました」


私の顔を見たその女性は、何故か驚いたように少しだけ目を見開いた。
しかしそれは一瞬の事で、すぐに優しげな笑みを浮かべてくれる。
……なんだかその笑顔が誰かに似ているような気がするのだけど、思い出せなかった。

その微笑みに釣られるようにして、私はその女性の手を借りた。
思ったよりもその女性の力は強く、私の体は簡単に引っ張り上げられる。


千鶴「ありがとうございます!すみません、枡屋さんですよね?少しお尋ねしたいことがあるのですが……」

?「……はい、何でしょう?」


ついでにその女性に、何気なく父様の事を尋ねようとした時だった。


「おそよちゃん、いかん!!其奴、今新選組と一緒にいた奴やぞ!!」

千鶴「えっ……?」


店にいた人が私の姿を見て声を上げた。
同時にその人は刀を抜いたかと思うと、勢い良く私の方へと斬りかかってくる。

き、斬られるっ……!?


千鶴「きゃああっ!!!」


驚いてよろけた私は転んでしまい、思い切り尻餅をついた。
その状態で、目の前で振り上げられた刀を避けることなんて出来なかった。
ギュッと目を硬く閉じ、痛みを覚悟して歯を食いしばるが……。

─── キイィンッ……!!

聞こえてきた、刀同士が交わる音。
それに、いつまで経っても私の体に痛みは襲ってこない。
不思議に思って、恐る恐る目を開けると……。


千鶴「……えっ!?」


私の目に入ったのは、見覚えのある薄黄蘗色の着物を纏った背中。
その白く美しい手には、刀が握られている。
そしてその足元には、先程私に斬りかかってきた人のものと思われる刀が落ちていた。
今……一体何が?


「……なっ、おそよちゃん!?どういうつもりや!!」


おそよ、と呼ばれた薄黄蘗色の着物の女性は、先程私に手を差し伸べてくれた人だった。
おそよさんは何も言わず、静かに私の元へとやってくる。


そよ「大丈夫?」

千鶴「えっ……あ、はい……」


おそよさんは屈んで、尻餅をついている私の体を支えてくれる。
そこで私は、漸く状況を理解した。

恐らく、振り下ろされた男の人の刀をおそよさんが弾き返したのだろう。
しかも、おそよさんの手に握られているのは私が腰に差していたはずの刀。
名前ちゃんから預かっている刀だった。

私の腰から脇差を抜いて、私を庇う為に瞬時に刀を弾き返した……?
だとしたら、なんて腕の立つ女性なのだろう。
そんな事を思っていると、おそよさんは私の肩を抱いたままキッと男の人を睨みつけた。


そよ「……一体どういうおつもりですか、いきなり斬りかかるなんて」

「どういうつもりも何も……其奴は新選組と一緒におった!わしらの敵や!」


男の人は刀を拾うと、再び私とおそよさんに刀を向けた。
しかし怯むことなく、おそよさんは男の人を睨み付けている。


枡屋「お、おそよ。やめんさい。大人しくその子を渡しんさい」


焦ったような声でおそよさんをなだめる別の男の人。
どうやらその人はこの枡屋の主人らしい。
だけどおそよさんは静かに言い放つ。


そよ「……お許しください、旦那様。私にも譲れないものがございます」

枡屋「おそよ……!」


私はおそよさんの顔を見上げる。
その美しく凛々しい横顔は、やはり誰かに似ていた。


そよ「何故子供に刀を向けるのです?女子供を守ってこその侍でしょう。もし本当にこの子が新選組と一緒に行動していたとしても、この子に刀を向けることは私が許しません」

「な、何をっ……このっ!!」

千鶴「きゃっ……!」

そよ「っ!!」


再びその人は刀を振り上げる。
私が悲鳴を上げるのと同時に、おそよさんが私を庇うような姿勢になり、ぎゅっと抱きしめられた。
すると……。

─── キィィィンッ!!

再び鳴り響いた、鍔迫り合いの音。


沖田「……君って本当に運が無いよね。ある意味、僕も此奴らもだけどね」

千鶴「沖田さんっ!?」


私達を庇うように立ち、振り下ろされた刀を迎え撃っているのは沖田さんだった。
私が驚いている間にも一番組の他の隊士の方々が駆け付けてきて、枡屋は斬り合いの場所となってしまう。

……しかし、実力の差は歴然のようで。
あっという間にその場にいた男の人達や枡屋の主人は捕らえられてしまったのだった。
一番組の人達にも怪我は無いみたい。
刀を鞘に納めた沖田さんは、此方を向くと困ったような顔になった。


沖田「……久しぶり。看板娘やってるって風の噂で聞いたけど?」

千鶴「え……?」


その言葉に一瞬戸惑ってしまったが、どうやらそれは私に向けられたものではなかったらしい。
沖田さんの視線は、私を庇って抱き締めているおそよさんに向いていた。


そよ「もう、こんな時に揶揄わないでよ」


おそよさんも平然として答えている。
二人は知り合いなのだろうか……?
首を傾げていると、すっくとおそよさんは静かに立ち上がった。


そよ「助けてくれてありがとう。だけど、落ち合う約束だったよね?迎えに来てくれるなんて、随分と豪勢だね」

千鶴「え……?」


落ち合う……?
一体何が起こっているのかよくわからない。


沖田「そりゃ、僕らのお姫様が漸く帰ってくるんだからこの位はしないとね」

そよ「つい最近まで私を猪呼ばわりしていたのに、今度はお姫様?随分と私も昇進したなぁ」

沖田「ま、それはともかく。ここからは名前も手伝ってよ、きっと奥の方に武器とかが隠されてるだろうし」

そよ「うん、わかったよ」

千鶴「え……?」


"名前" ……?
今沖田さんは、"名前" って言ったの?
もしかして、この綺麗な女性は……。
ポカンとして二人を見上げていると、おそよさんはくるりと私の方を振り返った。


名前「……千鶴ちゃん、久しぶり!びっくりしちゃった、外出許可が貰えたんだね。よかったね、これで綱道さんを探せるね!」


その明るい声と可愛らしい表情は、紛れもなく私の大好きな名前ちゃんで。


千鶴「えっ……えええええっ!!?」


枡屋には、私の大きな声が響き渡ったのであった……。

<< >>

目次
戻る
top
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -