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名前「……いないねえ」
名前が沖田と斎藤と共に猫を探し始めて半刻程が経った。
しかし猫は一向に姿を現さず、それらしい物音もしない。
一体何処に行ってしまったのだろう。
もう屯所の外に逃げてしまったのだろうか。
沖田「ちょっと名前、もう少し頑張ってよ」
名前「えっ、私のせい!?」
沖田「何の為に君を連れて来たと思ってるのさ?」
名前「いや、そんな事言われても……」
沖田「猫に見つけてもらえるように目立たなきゃ。何かやってよ、舞を踊るとかさ」
名前「なにゆえ」
沖田「あはは、一君みたい」
呑気にケラケラと笑っている沖田に、名前は溜息を吐いた。
一刻も早く見つけ出さなければならないというのに、沖田は相変わらずである。
斎藤「総司、名前。巫山戯ている暇があるなら探せ」
名前「あっ、ごめんごめん!」
沖田「相変わらず真面目だなぁ、一君は」
斎藤「副長に迷惑をかけるわけにはいかぬだろう」
沖田「はいはい、わかったよ」
しかし屯所の周りを何度もぐるぐると周回していれば、流石に疲れもするし飽きもする。
名前に関しては溜まっている仕事もあるので、早く見つけて戻りたいところである。
これでもう三度目になるが、名前は腰を下ろして縁の下を覗き込んだ。
名前「もう、本当に何処に行っちゃ、もがっ!!?」
斎藤「っ!?」
沖田「名前!?」
ひょいと縁の下を覗き込んだ途端、名前の視界は真っ黒になった。
そして何かが顔面に衝突する感覚。
突然の衝撃に驚いて、名前はドンッとその場に尻餅をつく。
沖田と斎藤の瞳には、何か塊のようなものが物凄い勢いで縁の下から飛び出してきて、名前の顔に飛びつく様子が映っていた。
名前の顔にぴったりと張り付いている、もふもふとしたそれは、
沖田・斎藤「「……あ」」
名前「っぷは!何!?」
「にゃーん」
名前「……あ」
先にその正体に気付いたのは沖田と斎藤であった。
名前は顔に張り付いているものを焦ったようにベリッと引き剥がし、遅れてその正体を知る。
その時の反応は、沖田や斎藤と全く同じものだった。
名前の手には、皆で探していた猫。
一瞬時が止まったように全員の動きが止まった。しかし次の瞬間には、ほぼ脊髄反射で名前はその猫を抱きしめる。
名前「やった!やっと捕まえたー!」
沖田「流石だね。やっぱり君を連れてきて正解だったね」
斎藤「しかし、その場所は先程も探したはずだが……」
沖田「僕らの隙をついて移動してたんでしょ。どうりで見つからないわけだよ、猫のくせに僕らの監視を掻い潜るなんて生意気だなぁ」
絶対に逃がすかとばかりに名前はしっかりと猫を抱きしめていた。
その様子を見ていた沖田は、やれやれとばかりにに溜息を吐き、
─── チャキ……
名前「……って、えええ!?総ちゃん何してるの!?」
何を思ったのか沖田は刀を抜き、その鋒を猫の鼻の先に向けた。
「に"ゃっ!?」と猫は名前の腕の中で悲鳴のような鳴き声を上げている。
沖田「何って、お仕置だけど?無罪放免で逃がせるわけないでしょ、また屯所を荒らすに決まってるし」
名前「だっ、駄目だよそんな事したら!絶対殺すつもりでしょ!?」
沖田「まあ、刀の当たり所が悪ければ死んじゃうかもね」
名前「物騒すぎるよ、相手は猫だよ!?」
沖田の猫を見る瞳は冷たく、苛立っているようにも見える。
しかし「他の方法を考えようよ!」と名前が必死に訴えれば、沖田は渋々といった様子で刀を仕舞った。
ほっと息を吐いた名前が腕の中を見れば、此方を見上げている猫と目が合う。
名前「君でしょ?ここ最近悪戯をして屯所を荒らしてるのは。もうこんな事しちゃ駄目だからね?」
「にゃーん」
沖田「……何だか、返事をしているみたいだね」
斎藤「反省はしていないようだがな」
斎藤の言う通り、その猫は全く反省をしていないようで、ゴロゴロと喉を鳴らして名前の首元に擦り寄っている。
まあ、猫に言葉など通じないので何を言っても無駄なのだろうが。
名前の香りが好みなのか定かではないが、猫はすんすんと名前の首元の匂いを嗅いでいる。
そしてペロリと首筋を舐め上げた。
名前「っひゃ!?ちょ、ちょっと……あははっ、擽ったい!んっ、」
「にゃー」
名前の首や耳、頬をぺろぺろと舐める猫。
肌を滑る猫の舌の感触や、その度につんつんと肌に当たる髭が擽ったくて仕方がない。
元来名前は擽ったがりなのである。
「にゃー」
名前「んっ、もう……うぁっ、駄目だよ、」
沖田「………一君」
斎藤「ああ」
─── チャキ……
「に"ゃっ!!?」
名前「ちょ、ちょっと!?何でまた刀抜いてるの、しかも一君まで!!」
漂ってきた謎の殺気に顔を上げれば、今度は沖田に加えて斎藤までもが猫に刀を向けていた。
二人の目は敵と戦う時のようにギラギラと鋭く光っている。
沖田「……君さ、猫の分際で名前を鳴かせるなんていい度胸だね?」
名前「いや泣いてないけど!?危ないから刀仕舞って!?」
沖田「やっぱり斬っちゃおうよ、この猫」
斎藤「異存はない」
名前「異存あるよ私が!!」
この場合の『なく』の解釈は沖田達と名前では異なっているのだが、彼女がそれに気付くことはないだろう。
今にも猫を斬りそうな沖田と斎藤であったが、再び名前が必死に懇願したことで二人は何とか刀を納めてくれたのであった。
沖田はともかく、斎藤も若干苛ついているのは珍しい。
沖田「しょうがないなぁ。じゃ、とりあえずその猫連れて戻ろうか」
名前「そうだね、これ以上荒らされたら敵わないし。他の皆は大丈夫かなぁ」
斎藤「左之や新八の方は問題無いだろう、食材も足りるそうだ」
名前「だけど掃除が大変そうだよ、全部ひっくり返されたんでしょ?」
沖田「あっちもなかなか大変そうだよね。……あ、一番大変なのは平助と千鶴ちゃんか」
名前「土方さんを誤魔化すだなんて、最難関だよね……」
と、他愛ない話をしながら名前達は屯所の中に戻る。
そして広間に入れば……何故か正座をさせられている原田達。
彼らの前に立って見下ろす漆黒の頭からは、角が見えた。
まずい、と事態を察して回れ右をしようとしたのも束の間、土方に気づかれた。
くるりと此方を振り返った土方の顔は、まるで般若である。
土方「ったく、漸く帰って来やがったか。総司、名前、斎藤……今すぐ此処に正座しろ」
終わった、と名前は顔を引きつらせた。
そしてその後、広間では猫を抱えたまま皆で説教を受けるという異様な光景が繰り広げられたのであった……。
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