銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


1

─── 元治元年(1864年) 三月。

雪はすっかりと溶け、いつの間にか桜が舞い散る季節になっていた。


永倉「すまねえなぁ、いつもお前さんに任せちまってよ」

名前「ううん!ずっと書簡と睨めっこしてたから、休憩がてら丁度良いよ」


名前は縁側で日向ぼっこをしながら羽織の綻びを繕っていた。
そんな彼女の隣で頭を掻いているのは永倉だ。

名前が直しているのは永倉の隊服。
切った張ったの生活を送る彼らにとって、隊服や着物がボロボロになるのはよくあることだ。
屯所は男所帯だから、必然的に裁縫仕事は女である名前に回ってくる。
彼らの隊服を繕うのは、名前にとって日常茶飯事であった。


名前「……よし、できた!」

永倉「おっ、ありがとよ!」


しかし、「はい」と名前が彼に隊服を手渡した時である。

──── ガシャンガシャンッ ……ドーンッ !!
パリーンッ!!
にゃ〜っ!!



名前「わっ……!?」


雷が落ちたのかと思う程の騒がしい音が聞こえ、名前はビクリと体を震わせた。
方角からして勝手場の方から聞こえてきたようだ。


永倉「うおっ、なんだ!?名前、大丈夫か?」

名前「うん、大丈夫。それより今、"にゃー" って……」

永倉「ったく、また来やがったのか!?ちょっくら様子見てくるぜ」

名前「う、うん!」


足早に去っていく永倉。
その間に名前はパタパタと裁縫道具を片付ける。

実は今、密かに名前達が頭を悩ませていることがある。
それは、ここ最近三日に一度は屯所に現れる猫。
別に、現れて日向ぼっこをしたりご飯をねだってくるだけなら全く構わない。

どうやらこの猫、困った事にかなりの悪戯好きのようで。
勝手場を荒らしたり、干してあった隊服を落として泥まみれにしたり、暴れ回って庭を散らかしたり。
ここ二、三日は名前も泣かされたものだ。

そんな事を考えていると永倉が戻ってきた。
彼の後ろには、同じく様子を見に行っていたらしい原田と藤堂もいる。


名前「どうだった?」

永倉「やっぱり彼奴だった。またやられてたぜ」

藤堂「彼奴、また釜やら鍋やらひっくり返していったみたいだぜ」

名前「うわあ、そりゃまた派手に……」


今日の炊事当番は沖田と斎藤だったはずだ。
斎藤はともかく、沖田の方は猫を斬り殺しかねない。


原田「っつーわけで作戦会議だ。お前も来い」

名前「えっ、作戦会議?」

永倉「そろそろ何とかしなきゃならねえからな。ほら、行くぞ」

名前「えっ、ちょっと……」


そう言って永倉達が入っていった部屋。
そこは、


永倉「千鶴ちゃん、ちょっと部屋借りるぜ」

千鶴「は、はい!」


千鶴が使っている部屋だった。
何故千鶴の部屋で作戦会議を、と疑問に思った名前だが、とりあえず三人に続いて部屋へ入る。


名前「失礼しまーす」

千鶴「あっ、名前ちゃん!」

名前「ごめんね千鶴ちゃん、ちょっとお邪魔するね」


名前の姿を見た千鶴はパッと目を輝かせると、笑顔で頷いた。
可愛いなぁ、と名前は内心にやけ顔になりながら、どっかりと座っている三人の傍に腰掛けた。


千鶴「……あの、何かあったんですか……?」

名前「うーん、ちょっとね。実は最近、猫が屯所で暴れるんだよね」

千鶴「猫が……?」


目をぱちくりさせて困惑している千鶴に、永倉が説明を付け加える。


永倉「事の起こりは先週だ。俺と左之が昼の飯当番の日に、あの猫が勝手場に飛び込んで来やがってな」

原田「釜やら鍋やら全部ひっくり返しやがった」

千鶴「そ、そうだったんですね……」


惨事を想像したのか、千鶴は若干顔を引き攣らせている。
食べ物を無駄にしてしまっただけではなく、掃除もかなり面倒なのだ。


藤堂「その時はオレと名前も手伝って何とか誤魔化したんだけどさぁ……」

原田「それ以来、彼奴は三日と空けずにやってきて食い物を盗んでいきやがる」

永倉「このままじゃ、いずれ土方さんの知るところとなっちまうぜ」

藤堂「はぁ〜、拙いよそれ!食い物無駄にするんじゃねえって、全員正座で説教されんじゃね?」

沖田「お説教で済めばいいけどね」


突然沖田の声が聞こえたかと思うと、沖田と斎藤も部屋に入ってきた。
どうやら二人は猫を捕まえに行っていたらしいが、結局捕獲出来なかったようだ。
この二人をもってしても捕まらないとは、なかなか厄介な猫である。


沖田「手とか足とか刀とか出るんじゃない?土方さんなら」

名前「やめて、現実になりそうだから」


頭に浮かぶのは般若顔の土方である。
沖田の言う通り刀を出しかねない。
名前は土方に怒られ慣れてはいるものの、面倒臭いと感じていることに変わりはないのである。


斎藤「何にしても副長が余計な気遣いをされぬよう、俺達で内々に始末を付けよう」

原田「土方さんは今何処にいるんだ?」

名前「近藤さんと山南さんと、三人で会議中のはずだよ」


少し前から土方の姿を見ていないため、まだ会議は続いているはずだ。
動くなら今だろう。


永倉「兎に角、土方さんに知られねえように勝手場の始末をして飯を作り直さなきゃな」

沖田「あの猫も放っておけないよね」

斎藤「役割を分担しよう」

原田「ああ。勝手場は俺と新八と名前で何とかするから、総司と斎藤は猫を頼む」


どうやら名前の役割は勝手場の掃除をしてさらに食事を作ることらしい。
それ自体は問題ないのだが、そもそも食材足りるのだろうか。
すると、「ちょっと待って」と声が上がった。


沖田「名前は此方に来てよ」

名前「えっ?」


声を上げたのは沖田だ。
突然の名指しに、名前は困惑したような表情を浮かべた。


沖田「君、動物に凄く懐かれるじゃない」

名前「え、そうかな……?」

原田「……そういやお前、この間使いに行った時に猫を三匹くらい引き連れて帰って来てたな」

名前「ああ、そういえば……そんな事もあったね」

沖田「あれって結局何だったの?木天蓼でも持ち歩いてるの?」

名前「持ってないよ、そんなの」


以前土方の使いで商家に行った帰り、何もしていないのに猫が三匹も名前の後をついて来たことがある。
屯所に着いてからもなかなか離れてくれず、かなり大変だった。
運悪く土方に見つかってしまい、「そんなもん連れてくるな!捨ててこい!」と怒られている。
自分が連れて来たわけじゃないのに、と不満げに口を尖らせた名前だったが、その後何とか猫達から逃れたのだった。


永倉「そういや、町を歩いていてもお前さんには時々野良犬とか擦り寄ってくるよな」

名前「確かにそう言われると……そうかもしれない」

沖田「でしょ?だから君は此方ね。君がいれば猫の方から出てくるかもしれないし」

名前「そんな簡単にいけばいいけど……でもとりあえず、頑張ってみるよ」


よくわからない体質のせいで、名前は猫捕獲組に抜擢された。
しかし次に声を上げたのは藤堂である。


藤堂「ちょ、ちょっと待ってよ!土方さん達の相手はオレ一人なのかよ!?」

斎藤「……一人ではないだろう」


そう言って斎藤と沖田がちらりと視線を向けたのは、黙って話を聞いていた千鶴だ。


千鶴「……えっ?わ、私ですか?」

斎藤「人手が足りず、猫の手も借りたい状況だ。あんたも手伝ってくれ」

千鶴「は、はい……」

名前「ごめんね千鶴ちゃん、巻き込んじゃって」

千鶴「う、ううん!私に出来ることなら……」


こうして千鶴を加え、名前達はそれぞれで動き出したのである。

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