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─── 数日後、大坂へ出張に行っていた土方と山南が帰ってきた。
山南の腕には痛々しく包帯が巻かれており、その日は「大丈夫だ」と本人は笑っていた。
しかし名前達から見れば、無理をして笑顔を貼り付けているのは明らかであった。
その日を境に、山南はあまり笑わなくなった。
そして日に日にあまり口をきかなくなり、部屋に塞ぎ込むようになってしまった。
名前は夜中に、彼が片腕で必死に稽古をする姿を見たことがある。
しかしその剣筋には怒りや戸惑いが見えて。
それは恐らく自分に対してもどかしく、苛ついているように見えた。
名前「……駄目でした?」
土方「……ああ」
名前「そうですか……」
炊事場へやって来た土方の手には、膳が抱えられている。
これは山南の膳であり、そこに乗っている飯には一切手が付けられていない。
ここ数日、山南はろくに食事をとっていなかった。
何度食事を持って行っても「置いておいてください」と言われるだけで、一切手を付けない。
幹部達が代わる代わる持って行っているが、誰が行っても同じ結果だった。
名前「食べなきゃ治るもんも治りませんよね……」
土方「……俺もそう言ってるんだがな。『私の腕はもう治りませんよ』なんて返ってくるんだ。俺が何言ってもあの人の傷を抉ってちまう」
山南を兄のように慕っている土方ですら、こうして手を焼いている。
土方は、今回の事に責任を感じている。
自分が傍についていながら、山南に武士としての人生を失わせる程の怪我を負わせてしまったからだ。
さらにその上にはどうすることもできないもどかしさがのしかかっているようで、珍しく土方の口から弱音が吐かれた。
名前は暫く目を伏せて何かを考え込んでから、土方を見上げる。
名前「……お昼は、私が行きます」
土方は、苦虫を噛み潰したような表情になった。
土方「……下手な同情はあの人の怒りを買っちまう」
名前「分かっています」
土方「……以前よりも物言いが多少きつくなっちまってる」
名前「構いません。山南さんは山南さんです」
例え何と言われようが、山南である事に変わりはない。
山南も現実を受け入れられずもどかしさを感じているだけで、心根までは変わっていないはずだ。
名前「……だって、その為に来たんですよね?」
土方は、名前が洗濯物を洗っている所へやって来た。
昨日までは名前に「お前は行かない方がいい」とまで言っていたにも関わらず、わざわざ相談を持ちかけてきたのだ。
内心では、名前に任せる事を渋っているのだろう。
名前が傷付くかもしれず、土方はそれを危惧して名前を山南に近づけなかった。そして出来ることならば、土方自身が山南の拠り所になりたかったはずだ。
それでも、名前が最後の砦だからこそこの話を持ちかけてきたのだ。
土方「……頼む。助けてやってほしいなんて、烏滸がましい事を言うつもりはねえ。ただ……お前からも、あの人に手を差し伸べてやってほしい。お前の手と言葉なら、あの人の壁をぶっ壊せるかもしれねえ」
土方は、どれ程苦しんだことだろう。
差し伸べた手を振り払われて、どれ程の傷を負った事だろう。
そして山南も、同じように苦しんでいる。
本当は今まで通りに皆と笑い合いたい筈なのに、それが苦痛となるような体になってしまったのだ。
名前「はい。やれるだけやってみます」
自分が山南を救えるとは思っていない。
山南が闇から抜け出せるかは、山南自身にかかっているからだ。
その手伝いが少しでも出来ればいいと、名前は心から思っていた。
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