3
しかし、それは神妙な面持ちで広間へ入ってきた井上によって中断された。
井上「ちょっといいかい、皆」
なんだなんだ、と皆は其方を向く。
井上の口調は柔らかだが、その表情からは只事ではないのが伝わってきて、一瞬にして広間に緊張が走った。
井上「大坂にいる土方さんから知らせが届いたんだが、山南さんが隊務中に重症を負ったらしい」
その場にいる全員が目を見開き、動揺が走った。
名前「それで、山南さんは!?大丈夫なんですか!?」
井上「相当の深手だと手紙には書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいみたいだが命に別状は無いそうだよ」
息を飲む音だけが響く。
命に別状は無いとはいえ、剣を握れないなど。
武士としては死んだも同然だ。
近藤と話があると言って井上が出て行ってからも、重々しい空気が流れる。
斎藤「剣が握れないほどの深手か……腕の筋まで断たれているかも知れぬということか」
沖田「薬でも何でも使ってもらうしかないですね。山南さんも納得してくれるんじゃないかなあ」
名前「っ!そんなっ、」
山南が、薬を……?
名前が悲鳴じみた声を上げるが、沖田は目を伏せたまま酒を口にするだけだった。
永倉「総司……滅多なこと言うもんじゃねぇ。幹部が羅刹になってどうするんだよ」
厳しい表情で返す永倉だが、この場で首を傾げている者が一人。
千鶴「……"らせつ" って何ですか?」
拙い。
名前は背筋が凍りついたような感覚に襲われた。
何と誤魔化すべきか、と斎藤と目を合わせた時である。
藤堂「ああ、羅刹ってのは薬を飲んだら怪我も治っちまう ─── 」
原田「平助!!」
千鶴「っ!?」
ドガッと鈍い音がして、藤堂の体が吹っ飛んだ。
原田が藤堂を思い切り殴り飛ばしたのである。
しかし、これで何とか説明は免れただろう。
藤堂「いってえなあ、もう……」
千鶴「平助君、大丈夫…!?」
永倉「……やりすぎだぞ、左之。悪かったな平助。先に口を滑らせたこっちも悪かった」
原田「……大丈夫か?悪かったな」
原田が短く謝ると、藤堂は苦笑を浮かべて体を起こした。
藤堂「いや、今のはオレが悪かったけど…ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」
藤堂の頬は赤く腫れ上がってしまっている。
藤堂が顔を顰めている一方で、永倉は厳しい表情のまま困惑している千鶴に向き直った。
永倉「千鶴ちゃん。今の話は、君が聞いちゃいけない事にほんのちょっと首を突っ込んだところだ。これ以上のことは教えられねえんだ。気になるだろうけど、何も聞かないでほしい」
そう言った永倉には鬼気迫るものがあり、千鶴は圧倒されたように震えながら頷いた。
沖田「羅刹っていうのは、可哀想な子たちのことだよ」
そう告げる沖田の淡萌黄は底冷えする程に暗い。
名前「……手拭い濡らしてくる。ちょっと待ってて、平助」
藤堂「ああ、悪ぃな名前……」
頃合いを見て名前は立ち上がると、俯き気味に広間を出る。
山南が羅刹になる想像を一瞬でもしてしまい、皆はそれを振り払うように食事を再開した。
しかし、この雰囲気では味など感じなかったのである。
<< >>
目次