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千鶴「 ─── あの、名前ちゃん。本当にいいの…?」
千鶴は不安気な表情を浮かべて、自分の前を歩く名前の着物の袖をつんつんと引っ張る。
名前「大丈夫大丈夫!今日は土方さんいないし。もし何か言われたら私が怒られればいい話だし」
千鶴「でも、私のせいで名前ちゃんが怒られるのは……」
千鶴が渋っているのは、広間で夕餉を食べる事である。
先程いつもの様に名前が千鶴の部屋へ夕餉を持って行ったのだが、たまたま監視役だった沖田と立ち話になった。
そこへ藤堂が「夕飯だから早く来い」と名前と沖田を迎えに来た。
しかし名前はいつもの様に千鶴の部屋で食べ、沖田も千鶴の監視が終わるまでは食べられないからと断ると、「じゃあ其奴も広間で一緒に食べればいいじゃん」と藤堂が提案したのである。
そんなこんなで千鶴は名前達と共に広間へ向かっているのだが、心配そうな表情を浮かべていた。
沖田「僕も君が食べるのを見てるだけなんて退屈だし。それに名前は本当に怒られ慣れてるから大丈夫」
千鶴「は、はぁ……」
名前「えっ、総ちゃんも一緒に怒られてよ」
沖田「嫌だよそんなの」
名前「裏切り者だ」
沖田「どうとでも」
名前「平助は?」
藤堂「一人で行けよー?」
名前「酷い」
「まあいいか」と名前は楽観的だ。
土方の雷を食らいすぎて感覚が麻痺しているのかもしれない。
原田「 ─── 遅せぇよ」
永倉「おめえら、この俺の腹の高鳴りをどうしてくれるんだ」
名前達が広間へ入れば、少し不機嫌そうな原田と永倉の声が飛んできた。
千鶴「すみません、私のせいで……」
原田「……ん?なんで其奴がいるんだ?」
藤堂「なんだよ、居ちゃ悪い?」
永倉「ん?んなこたぁねえが……まあ、飯は皆で食った方が美味いに決まってる!」
名前「そうそう、賑やかな方がいいでしょ」
原田「おい、そんな所に突っ立ってねえで此方に座れ」
千鶴「す、すみません……」
藤堂と名前で言いくるめたような形だが、永倉も原田も特に文句はないらしく、すんなりと受け入れた。
もし反対されるならば斎藤かと思ったが、意外にも斎藤も何も口を出してこなかった。
千鶴「ありがとうございます、藤堂さん」
千鶴の席へ膳を置いたのは藤堂だ。
千鶴が頭を下げて礼を言うと、藤堂は困ったように眉を下げる。
藤堂「なあ、その藤堂さんってやめない?お前、名前の事は名前で呼んでるんだろ?だったらオレも平助でいいよ、皆もそう呼ぶし」
千鶴「で、でも……」
藤堂「年も近いみたいだからその方がしっくりくるし、オレも千鶴って呼ぶから」
千鶴「……じゃあ、平助君……?」
藤堂「それでいいよ。んじゃ千鶴、今日から改めて宜しくな」
千鶴「は、はい!」
此処にやって来たあの日から比べれば少しずつ受け入れられ始めている千鶴を見て、名前はホッと息を吐いた。
それぞれで「いただきます」と挨拶をした途端、早速名前の向かい側の席で飯の争奪戦が始まる。
この光景も何年も変わっていない。
沖田「名前、お味噌汁飲まない?」
名前「駄目」
沖田「駄目って何さ」
名前「葱入ってるからでしょ?」
沖田「なんだ、バレてたのか」
沖田の嫌いな食べ物は葱だ。
今日だけならば気づかなかったかもしれないが、沖田による葱のなすりつけは昔からよく行われている事なので名前が見抜けない筈がない。
名前「葱は栄養満点で体に良いんだから、食べなきゃ駄目だよ」
沖田「……母親みたい」
名前「……それ、さっき左之さんにも言われた」
沖田「本当?」
そんな事を言い合って、くすくすと笑う。
よく考えてみれば、名前は千鶴がやって来てから毎日彼女の部屋で二人でご飯を食べていたため、皆と食べるのは久々である。
名前「……って、こら!私のお皿に葱を置かない!」
沖田「ちぇ」
名前が味噌汁を飲んでいる隙を狙って、沖田が名前の魚皿にちまちまと葱を移動させていた。
「だって嫌いなんだもん」と口を尖らせる沖田に、子供か、と名前は悪態をつく。
名前「……仕方ないなぁ。こっちのは私が食べるから、お椀に残ってる分は自分で食べてね」
沖田「流石名前、話がわかるね」
名前「もう、調子良いんだから……って、ちょっと待って」
違和感に気付いた名前が沖田の味噌汁のお椀を覗き込んでみると、そこにはもう一つも葱が入っていない。
どうやら既に犯行を終えた後だったらしい。
名前「何この早業」
沖田「約束は守ってね、武士に二言はないよ」
名前「は、腹立つ……!!」
約束だと言われれば言い返すことも出来ない。
結局名前は、「明日は絶対食べてね」と渋々沖田の分の葱を食べるのであった。
沖田「あ、一君が笑ってる」
斎藤「……笑ってなどいない」
沖田「声震えてるけど」
名前「肩も」
斎藤「笑ってなどいない」
斎藤が何とか平静を装おうとしているのが目に見えてわかり、名前と沖田は顔を見合わせてくすくすと笑った。
相変わらず永倉と藤堂は争奪戦をしており、千鶴も原田と何やら会話をしていて、その場は和気あいあいと盛り上がっていた。
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