銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


3

─── ドタドタドタ……

猪が廊下を走っているのかという程、騒がしい足音が聞こえてきた。
誰なのかは確認せずとも分かるので、土方は眉を顰めて大きな溜息を吐く。

─── スパーンッ!!


名前「ちょっと土方さんっ、大変です!!」

土方「うるせえんだよてめぇは!!廊下を走るんじゃねえ、猪みてぇな足音立てやがって!!」


"猪みたいな足音" があまりにも的確すぎたせいか、幹部陣の何人かが吹き出している。
名前は「ごめんなさい!」と謝ったが土方の怒声には慣れているせいか、それ程気にしている様子もない。


土方「つうかお前、着替えてねえじゃねえか。何のために行ったんだよ」

名前「あっ、忘れてた。いやでも、それより聞いてください!」


旅装束どころか、未だに荷物を背負ったままだ。
着替えのことがすっかり頭から抜けるほど、名前は急いでいた。


名前「あの子、綱道さんの娘さんですよ!!」

近藤「……何っ!?綱道さんの!?」

土方「なんだと?」

山南「それは、確かですか?」

名前「間違いありません」


名前はようやくその場に座ると、順を追って説明を始めた。
千鶴が話した事情を正確に伝えた上で、綱道が失踪した時期と千鶴が父親と連絡を取れなくなった時期が一致していることや、綱道が書いていた文の名前と一致していることを付け加えて説明する。


近藤「うむ……成程」

山南「……そこまで一致していては、同姓同名だとは考えにくいですね」


近藤と山南の言葉に、名前はしっかりと頷く。
これで恐らく、千鶴を口封じで殺す可能性は少なくなったはずだ。
此方も行方を追っている綱道の娘ともあらば、殺す訳にもいかない。


永倉「……ちょ、ちょっと待て、名前」

名前「うん?」


沈黙が続く中、声を上げたのは永倉である。


永倉「さっきからお前、彼奴の事を娘って言ってねえか?」

名前「うん、言ったけど……」

永倉「……な、なあ。まさか……」


永倉が引き攣った顔をしている。
恐らく言われるまで気づいていなかったのだろう。
それに関して、名前の代わりに口を開いたのは沖田であった。


沖田「あれ?新八さん気づいてなかったの?あの子、女の子だよ」

永倉「何っ!!?」

藤堂「嘘だろっ!!?」

近藤「何と!!!」

井上「おやおや、そうだったのかい?」


沖田の言葉に反応を見せたのは、永倉と藤堂、近藤に井上であった。
正直、女性に関しては鈍感な部類に入る面々である。


名前「どう見ても女の子でしょ、見た目とか仕草とか」

藤堂「全然気づかなかった……いつもお前の下っ手くそな男装見てるからかも」

名前「ちょっと、それどういう意味」

藤堂「お前よりか彼奴の方がよっぽど上手いじゃん」

沖田「僕からすればどんぐりの背比べなんだけど?」

名前「二人して酷いね!?」

井上「女の子を一晩も縄で縛っておくなんて、悪い事をしてしまったねえ」

近藤「この近藤勇、一生の不覚……!」

土方「……近藤さん。話を進めていいか」

近藤「む!?ああ、いや、すまないな。いいぞ」


皆、口々に驚いたり悔しがったりしている。
何やら賑やかになってきたところで、土方が仕切り直した。
そして土方が視線を送るのは名前である。


土方「……で、名前。探りは入れてきたんだろうな?」

名前「まあ、それなりに。密偵かどうか、であってます?」

土方「分かってんじゃねえか。で、どうだった」

名前「あの子は違います、そんなんじゃありません」


間髪を入れず答えた名前に、一気に土方の目付きが鋭くなった。


土方「お前の話を聞く限りだと、彼奴は綱道さんを探しに京の都へやって来て、その日の内にうちの隊士に襲われた。そうだな?」

名前「はい」

土方「……出来すぎだとは思わねえか」


土方はやはり、千鶴が密偵である事を疑っているらしい。
新選組の秘密を探るために彼女がわざと襲われた、と考えているのだろう。


名前「偶然に偶然が重なってしまっただけだと思います。あまりにも不運だったとしか」

土方「……根拠は」

名前「……とても素直な子です。どうやら顔に出やすい質みたいですし。あの子なら、何か隠し事をしていれば何かしらの仕草に出るはずです。私が見た限りでは、そんな素振りは一切ありませんでした」

土方「……つまり、なんだ?お前の勘か」

名前「勘です」


否定も言い訳もせずに言い切る名前はいっそ清々しい。
しかし、土方は大きな溜息を吐いた。


土方「お前、あの餓鬼の話を聞いて同情でもしてるんじゃねえのか。私情を挟むのはやめろ」

名前「そんなつもりはありませんよ、変若水が関わってくる事情ですし。あと、密偵ならもう少し上手くやると思いますが。それに、嘘をついているかどうかは目を見れば分かります。この目に賭けてもいい」


本紫色の目を細めて名前を睨む土方に、名前も負けじと睨み返している。
バチバチと火花が散る勢いで睨み合いが続く。
そんな中、意外な人物が口を開いた。


斎藤「……副長。名前の人を見る目は確かです。彼女がここまで断言するのならば、信憑性はあるかと」


斎藤が名前の肩を持ったのである。
斎藤は会議の最中は、主観を混じえた発言をしないように心掛けている。
それでも先程のような発言をしたのは、名前の能力を信頼しているからこそ、それは信じる価値があると判断したためであった。

まさか斎藤が味方になってくれるとは思ってもいなかったのだろう。
名前は、驚いたように目を見開いて斎藤を見ている。
すると、斎藤に続くように皆が次々と口を開いた。


沖田「僕も、あの子がそんなお芝居出来るような子だとは思えないなぁ。寧ろ簡単に騙される方だと思うけど?」

近藤「うーむ……確かに彼女と話をしたのは名前だし、そんなお前が頑なに違うと言っているんだからなぁ……」

土方「おい、近藤さん!そんな簡単に……」


名前寄りの意見が増えてくる中で、やはり土方は納得がいかないようだ。
立場上、外部の者を簡単に信じるわけにも行かないのだろう。
すると、その場を収めたのは山南であった。


山南「名前さんと土方君の言い分はよくわかります。ですので、我々も彼女の口から実際に話を聞いてみるのはどうでしょう」

近藤「うむ、そうだな!百聞は一見にしかずと言うからな」

土方「……ま、それが一番手っ取り早いか。名前、奴を呼んでこい」

名前「わかりました」


ぺこりと頭を下げてから、名前は部屋を出る。
そして、障子戸を閉める直前。
名前は斎藤の方を見て、『ありがとう』の意を込めて微笑んだ。

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