銀桜録 新選組奇譚篇 | ナノ


2

名前によって部屋に連れてこられた少年は、真っ青になっていた。
当然だ、殺されるかもしれないのだから。


名前「えっと……さっきは一君がごめんね?痛かったでしょ」

?「えっ!?あ、いえ……」

名前「ごめんねー、いつもは凄く優しい人なんだけど……隊務に忠実で真面目な人だから」

?「は、はい……」


まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、少年は驚いたように名前を見ている。
くるくるとした大きな瞳が印象的な、可愛らしい顔立ちの少年……というか、


名前「(女の子……だよなぁ)」


恐らくこの子は、男装した少女だ。
名前よりも少し歳下くらいだろう。
声や仕草、体格がどう見ても女子なのである。


?「あ、あの……私、殺されるんですか……?」


大きな瞳を揺らして、怯えたようなか細い声で尋ねてくる少女。
何と答えたものか、と名前は言葉に詰まった。
近藤は恐らくこの少女を殺す事に反対するだろうが、土方や他の幹部がそれを許すかどうか。
この少女は羅刹を目撃してしまっているのだ。
名前は思わず目を伏せてしまう。


名前「……ごめん。貴方の今後を決めるのはあっちの部屋にいる人達だから……私には、何とも」

?「あ……そう、ですよね。すみませんでした」


悲しげに大きな瞳が伏せられた。
その姿が今にも消えてしまいそうなくらい儚げで、何とか助けてあげたくなってしまう。

そもそも、名前自身は彼女を殺すのに反対だ。
羅刹の脱走を許したのは新選組側の不手際。
不運にもそれに巻き込まれてしまっただけで殺してしまうなんて、名前には納得がいかなかった。
羅刹の正体や変若水の存在までは、彼女にバレていないはずだ。
何より彼女は女の子、それなのに無惨にも殺してしまうなんて。


名前「……でも、貴方が殺されなくて済むように皆を説得するのは出来るかもしれない」

?「っ!ほ、本当ですか!?」


ハッとして少女は顔を上げる。


名前「うん。皆は無闇に人を殺したりする人達じゃないから、それなりにちゃんとした理由があればどうにかなるかも」

?「理由……ですか」

名前「うん。だから教えてほしいの。どうして女の子が、夜の京の町を一人で歩いていたのか」

?「……えっ」


少女は大きな目をぱちぱちと瞬かせていた。


?「えっ、あの……私が女だと、どうして分かったんですか?」


今度は名前が目を瞬かせる番であった。


名前「見ればわかるよ、体格とか声とか仕草とか。それに、すっごく可愛いし」


ボッと火がつきそうな勢いで、少女の顔が赤く染まった。
どうやら顔に出やすい質のようで、反応が分かりやすい。


名前「だから、貴方の事を教えて?私の方から皆にちゃんと伝えてお願いしてみるから」

?「は、はいっ!お願いします!」


ガバッと頭を下げた少女を、名前はじっと見つめていた。
これで土方の要望……というか命令には応えられそうだ。

広間を出る直前、斎藤から彼女を預かった時、土方からの視線を感じた。
ただ見ているのではなく、何かを訴えかけるような目だった。
恐らくこの少女が密偵ではないか調べろ、という指示だと名前は解釈している。
彼女を助けたいというのもあったが、いずれにせよ彼女の事情は聞いておかねばならなかったのである。


千鶴「あの……私、雪村千鶴と申します」

名前「千鶴ちゃんか。……えっ、雪村千鶴!!?」

千鶴「は、はい。あの、何か……?」


驚きのあまり、思わず声を上げてしまった。
だが不思議そうに首を傾げる千鶴の姿が目に入り、しまったとばかりに名前は口を噤む。

……ただの同姓同名だろうか?
特段珍しい名前というわけではない。
しかし、『千鶴は男装して京へ向かった』という隣人の証言も一致している。
偶然なのだろうか。
だが、仮に本人だとしても此方から何か情報を与えるのは避けなければならない。


名前「あっ、ううん!なんでもないの、ごめんね!知り合いに全く同じ名前の人がいたから」

千鶴「そ、そうですか?」

名前「うん。遮っちゃってごめんね、続けて?」


名前が促せば、千鶴はこくんと小さく頷いて再び口を開く。


千鶴「私、本当は江戸に住んでいるんですけど……。数ヶ月前から京へ仕事に行っている父と、今年の八月頃から急に連絡が取れなくなってしまったんです。それで心配になって、父を探すために江戸から来たんです。昨日の昼頃に京へ着いたんですが、知り合いもいなくて行き詰まっていて……それで、夜にあの浪士達に絡まれたんです」

名前「……そうだったの。因みに、お父様の名前は?」

千鶴「雪村綱道といいます。蘭方医をしています」


間違いない。
彼女は名前が探していた人物、雪村千鶴だ。
こんな偶然があるのだろうか。
京へ戻ってきたら彼女を探すつもりだったが、まさか彼女の方からやって来てくれるなんて。


名前「……浪士に絡まれたのはどうして?何か心当たりはある?」

千鶴「心当たりというか……急に呼び止められて、この小太刀を寄越せと言われたんです。それで逃げたら、追いかけられてしまって……」

名前「そうだったの。随分大変な目に……」


名前が視線を向けたのは千鶴が腰に差している小太刀である。
刀に関しては斎藤から教わった事が知識として身に付いているだけで、目利きは出来ない。
だが、年代物の良い小太刀だということは名前にも一目で分かった。


名前「……そっか、分かった。それだけ理由があれば十分だよ」

千鶴「本当ですか!?」


名前は、千鶴が嘘をついている可能性は低いと判断した。
追い剥ぎ目当ての浪士はそこら中におり、浪士ならば値打ちものの刀に目を付けてもおかしくはない。

何より、嘘をついている目ではない。
商売で培った能力なのか、名前は人の機微に敏感である。
だからこそ、嘘を見抜ける自信があった。
千鶴が顔に出やすい質なのは見ての通りであり、彼女が隠し事をしているならば何らかの仕草として現れてしまうだろう。
それを名前が見逃すはずがない。
そして、そのような仕草は一切無かった。
これで恐らく、彼女が密偵である可能性も消えただろう。


名前「うん。絶対大丈夫だから、心配しないで」

千鶴「ありがとうございます!」


安堵したように息を吐く千鶴に、少しだけ名前の胸が痛んだ。
新選組が綱道を追っている事はまだ話せない。
それには土方達の判断が必要だ。
早く父親の行方を知りたいだろうに、と名前は心を痛めたのである。


名前「じゃあ私、皆の所に行ってくる。だからその間、絶対に此処から逃げないで待ってるって約束してくれる?」

千鶴「はい、必ず此処に居ます!」


素直な良い子だ。
思わず名前も顔を綻ばせてしまう程、可愛らしい子であった。


名前「あ、厠くらいなら大丈夫だよ。部屋を出て左に行って、突き当たりも左ね」

千鶴「はい、ありがとうございます!」


元気な礼の言葉を背中に受けて、名前は部屋を出る。
そしてパタンと障子戸を閉めた途端、名前は一目散に土方達のいる広間へと向かったのであった。

<< >>

目次
戻る
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -