銀桜録 黎明録篇 | ナノ


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それから数日後の事である。

隊士の佐伯又三郎に、切腹命令が下された。
なんでも彼は芹沢の根付けを盗んで換金したり、芹沢の名を騙って借金をしたりして、その金で豪遊していたらしい。
芹沢の怒りを買った上に局中法度違反というわけで、佐伯は切腹となったのである。

それ以外には特に変わったことも無く、普段通りの生活を送っていた名前達。
しかしその矢先、とんでもない情報が耳に入る。


沖田「また徹夜の日々が始まるかもね」

名前「同感。なるべく早く見つけたいけどね」


夜の市中を、名前は沖田と共に歩いていた。
目的は佐伯の捜索である。
何故切腹になった隊士を探しているのかというと、実際は佐伯は切腹していなかったからだ。
要は、実験台として変若水を飲まされたのである。
ちなみに今回も新見の独断だという。


沖田「もうさ、面倒臭いから根本から断ち切ってもいいかな」

名前「ちょっと、誰かに聞かれてたらどうするの」

沖田「だから色々と伏せてるんじゃない。……あ、それでも分かるって事は、少なくとも名前もそう思ってるって事?」

名前「……」


沖田の発言は、明らかに新見の殺害を示唆するようなものであった。
名前が眉を顰めて咎めるも、沖田は大して気にも留めない様子である。
それどころかとんでもない反論が返ってきて、名前はこれ以上は何も言うまいと押し黙った。


沖田「ま、何にせよ早く見つけないとね」

名前「うん、大切な睡眠時間を守る為にもね」

沖田「言えてる」


そう言って夜通し捜索をした名前と沖田。
他の幹部達も市中を回っている筈だ。

しかし名前達の願いが叶うことはなかった。
佐伯の行方は一向に掴めずに数日が経過し、やはり幹部の面々は徹夜の日々を強いられる事となったのである。


*******


毎晩続く佐伯の捜索で、幹部達は完全に寝不足であった。
そしてそれは、幹部会議中に欠伸を噛み殺し切れない者達が現れ始めた、ある日の事であった。


井吹「……相撲の興行?」

近藤「ああ、その通りだ。我々浪士組の晴れ舞台ということだな!」


幹部会議に呼ばれた井吹。
しかし突然近藤から切り出された内容についていけていないようである。
目をぱちくりさせて他の幹部の顔を窺う井吹を見て、山南が苦笑いを零した。


山南「実はこの度、京都相撲と大阪相撲で合併興行をするという話が持ち上がりましてね。その際、我々浪士組がお手伝いをさせてもらうことになったんですよ」

井吹「……ああ、なるほど。そういうことか」


ようやく理解したらしく、井吹は納得したように頷いた。
以前名前が追い払われた際の話し合いは上手くいったようで、正式に相撲の興行が行われる事が決まったのである。


土方「そこで井吹、お前には興行の準備を手伝ってもらいたい。羅刹化した佐伯の捜索に毎晩駆り出しちまってるせいで、幹部連中にゃかなり無理させちまってるからな」


土方の言葉に、永倉や藤堂がうんうんと頷いている。
沖田は退屈なのか寝不足のせいなのか、小さな欠伸を零していた。
実際今は、猫の手も借りたい状況なのである。
そんな幹部達の様子を見かねたらしく、井吹は土方達からの頼みを了承した。


井吹「でも、俺には相撲なんてわからないからな。雑用くらいしかできないぞ」

土方「そうだな……そんじゃ、井吹には商家を回って寄付金集めでも、」

斎藤「副長、一つ宜しいでしょうか」


すると、それまで黙って話を聞いていた斎藤が声を上げた。
斎藤が会議中に、指名されていないにも関わらず声を発するのは珍しい。


土方「ん?どうしたんだ、斎藤」

斎藤「相撲の興行を行うならば引き札を作るというのはいかがでしょう。引き札を作って京の人々に配れば、興行のことを広く知ってもらうことができますし……寄付金も集めやすくなるのではないかと思いますが」

土方「まあ、そうだろうが……そんなの頼める宛てがあんのか?予算もそんなにはねえんだぞ」


眉を寄せた土方だが、斎藤は視線を井吹に向ける。


斎藤「井吹を推薦させて下さい。彼に引き札の絵を描いてもらいましょう」

井吹「 ─── へっ!?」


まさか自分が推薦されるとは思ってもいなかったのだろう。
予想外の出来事に、井吹は面食らったような声を出した。


名前「あっ、それなら私も賛成です!この間少しだけ龍之介の絵を見たんですけど、凄く上手だったんですよ!」

井吹「なっ、あんたまで何言ってるんだ!?」


はいはい!と手を挙げて発言し始めた名前に、井吹は酷く焦ったような声を上げて詰め寄った。
しかし詰め寄られた当の本人はケロッとしている。


名前「だって、龍之介は絵を描くのが好きなんでしょ?しかも凄く上手だし!そんなの適任じゃん!」


にこっと微笑んだ名前に、井吹は何も言えなくなってしまったようだ。
近藤と土方と山南は顔を見合わせていたが、斎藤と名前の直々の推薦だ。
信用に値すると判断したらしく、三人は頷いて井吹に向き直る。


近藤「井吹君。君が良ければだが、是非やってみせてはくれないか?」

井吹「だが……本当に俺の絵でいいのか?」

斎藤「……悪いと思ったら、そもそも推薦などする筈がなかろう。あんたの絵の実力に関しては、以前に俺も見せてもらって知っている。心配は要らぬ」


まさか斎藤から太鼓判を押されるとは思っていなかったらしく、井吹は驚いたように目を白黒させていた。
しかしここまで言われると断る理由も無いようで、井吹は引き札の絵を描く事を了承したのである。

それからの浪士組は相撲の興行に向けて動き出した。
加えて幹部の者達には内密の佐伯の捜索もあり、目の回るような忙しさである。
井吹はというと、引き札を描く為に部屋に籠りきっている。
皆が皆、自分の務めを果たすべく動いていた ─── 。

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