銀桜録 黎明録篇 | ナノ


2

─── 夕方。


名前「平助、一緒に行こう」

藤堂「おう…って、お前何だその隈!!?」

名前「え?あー、まあ色々あって……」


あの後斎藤に連行された名前は、無理やり布団に押し込められた。
幸いなことに縄で縛られることはなかったが、あろう事か斎藤は木刀を持ってきて、名前がしっかりと眠るまで部屋の外に待機していたのである。

一度抜け出そうとしたところを見つかり、見事に怒られ木刀で脅された名前。
仕方なく布団に入れば四半刻も経たずに夕方まで爆睡してしまったのだが、ここで三日間の疲労が体に出たらしく、物凄い隈が付いたというわけである。


藤堂「だ、大丈夫かよ…?左之さんから聞いたぜ、お前一昨日からずっと捜索に出てるんだろ?」

名前「さっきご飯も食べてしっかり寝たから平気。早く行こうよ」

藤堂「お、おう」


浪士組の幹部には底なしの体力の持ち主達が集っているが、名前も引けを取らないらしい。
皆の影に隠れていたが、試衛館時代の毎日の畑仕事や稽古、商売、家事で培われた体力は並大抵のものではないようだ。

日が落ちた夜の京は見通しが悪い。
羅刹が隠れて行動するなら絶好の場所である。
周囲に視線を巡らし、いつでも刀を抜けるように全神経を右手に集中させる。

そして ─── 。
高く上がった月が、闇夜を怪しく照らした時。


「きゃああああっ!!!」


女性の甲高い悲鳴が上がった。
弾かれたように悲鳴のした方へと向かうと、そこには…。

倒れている一人の女性。
そして、月に照らされ赤い目をギラリと光らせている男は。
─── 羅刹だ。


藤堂「名前!!その人を頼む!!」

名前「了解!手当てが終わったらすぐ応戦する!!」


瞬時に役割分担をし、藤堂はすぐさま刀を抜いた。
女性の手当てをする名前に羅刹が近づかぬよう、藤堂が羅刹の気を引く作戦である。

しかし、


「ぐあああああああっ!!!」

名前「っ、!!」


羅刹が標的にしたのは運悪く名前の方であった。
体中に響く唸り声を上げながら、名前の方へと飛びかかってくる。

間一髪で女性を抱えてその攻撃を避けた名前だが、そんな彼女の背中に当たるのは家屋の壁。
一瞬にして追い詰められてしまう。
女性を抱えたままではどうすることも出来ず、拙い、と顔を歪めた名前であったが。


藤堂「お前の相手は、オレだっての!!」


駆けつけた藤堂が羅刹の背中を斬りつけた。
まるで獣のような呻き声を上げた羅刹だが、恐ろしい程の治癒力ですぐに傷を回復させてしまう。
しかし、これによって羅刹の狙いは藤堂へと定められた。

脅威的な脚力と腕力を併せ持つ羅刹は、藤堂に向かって絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。
その男の振りかぶった拳一つで家屋や地面が大規模に破壊され、藤堂は攻撃を避けながらも息を飲んだ。

建物を素手で殴って骨折した指や腕も、羅刹となれば簡単に治ってしまうらしい。
バキバキと有り得ぬ方向に曲がっていた指もあっという間に元通りになり、その異常な姿には吐き気すら覚えてしまう。

何とか羅刹の攻撃を避けて隙を窺っていた藤堂だが、その間にいつの間にか壁際に追い詰められていた。


藤堂「くそっ……!!」


迷っている暇などない。
やらなければ、此方がやられてしまう。
絶対に外すことが許されない一刀となるだろう。

覚悟を決めて、藤堂が刀を構えた時であった。


名前「 ─── 平助っ!!!」


ザシュッ、と鈍い音がして、暗闇の中で煌めく真一文字。
その瞬間に羅刹の首から勢いよく血が吹き出し、どさりと倒れてしまった。

その後ろから現れたのは、息を切らしている名前。
彼女が振るった白刃は首を落とすまではいかずとも深手となったようで、羅刹は苦しげに呼吸をしながら足掻いていた。
それは思わず目を背けたくなるようなおぞましい光景で、名前も藤堂も一瞬眉を顰める。

しかしこのままではいずれ回復してしまうだろう。
二の舞を演じるわけにはいかない。
しかし、ぐっと歯を食いしばった名前が、羅刹の心臓に刀を突き立てた時であった。


名前「……平助?」


藤堂が、名前の手を掴んでいた。
一瞬困惑の表情を見せた名前であったが、すぐに藤堂の行動の意図を読み取った。
藤堂の瞳が、「オレがやる」と言っていたのである。

名前が素直に刀を仕舞って一歩下がれば、代わりに藤堂が羅刹の胸元に刀を突きつける。
藤堂は大きく息を吸ってその刀を振り下ろし ─── 羅刹の心臓を貫いた。

独特の感触、噴き出す大量の血、動かなくなる羅刹……。
藤堂は、全身からどっと汗が噴き出すのを感じていた。
自分は人を殺したのだ、と。
噎せるような血の匂いとその色が、藤堂を残酷な現実へと引きずり下ろす。


名前「……平助」

藤堂「……ああ。さっきの人は?」

名前「気絶してるだけみたい。怪我も手の擦り傷だけだった」

藤堂「そっか……良かった」


まず何よりも襲われていた女性の身を心配をする藤堂。
彼が心優しい証拠だと、名前は思う。
藤堂は、血塗れた己の手に視線を落としていた。


藤堂「……オレが選んだのは武士の道だ。己の信じるもののために、立ち塞がる相手を切り捨てる。だからこの先オレは、斬って斬って斬り続けて……いつかこういうことに、慣れちまうのかな」


藤堂の口から零れたその言葉は、闇夜に溶けてしまいそうなほどに儚い。
それどころか、藤堂自体が今にも消えてしまいそうに名前の瞳には映る。

その瞬間、名前は藤堂の体を抱き締めていた。
血の匂いが混じった互いの香りが、互いの鼻を掠めていく。


藤堂「……名前。血、付いちまうぞ」


思わず一歩後ずさりする藤堂だが、名前は構うもんかとばかりに更にきつく藤堂を抱き締めた。

藤堂の考え方は、名前とよく似ている。
彼の先程の言葉も、名前が以前恐怖を覚えていたものと同じであった。
だがあの時、名前をその闇から救い出してくれた人物がいた。
あの時、彼にしてもらったように。
名前も、自らの手で藤堂を救い出したかった。


名前「……自分を見失わないで、平助」


藤堂が、目を見開いた。
腕が緩められ、藤堂を見上げる名前の瞳はどこまでも真っ直ぐであった。


名前「慣れる日なんて絶対に来ない。平助の剣は、ただ人を斬るだけの剣じゃなくて、人を守る剣だから。……だから、大丈夫。どんなに血まみれになっても、平助は平助だよ。今までの優しい平助と、何も変わらないよ」


名前の口から紡がれた言葉は、まるで子守唄のように優しいものだった。
藤堂には、闇夜の中で名前が手を差し伸べてくれているように思えた。
藤堂の脳裏に、心に差し込んだのは、名前という温かな光。


藤堂「……ごめん。お前の着物、後でオレが洗うから、」


─── だから、今は。

そんな言葉が名前の耳元に降ってきたのと、ほぼ同時に。
藤堂が、名前の華奢な体を掻き抱いた。

無我夢中で、それでも名前が苦しくないように力を加減して。
藤堂よりも少し低い位置にある名前の肩。
そこに顔を埋めれば、バクバクと暴れていた藤堂の心臓は次第に落ち着きを取り戻していく。

不意に、温かい手が藤堂の頭を撫でた。


名前「 ─── 大丈夫。一緒に、守ろう」


優しい言葉が、温もりが、藤堂の体に染み渡っていく。
心地よい温もりに包まれて、藤堂は静かに目を閉じた ─── 。

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