銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

─── 羅刹が逃げ出した日から数日が経過した。
未だに羅刹は行方を眩ませたままである。

変若水の事情を知る幹部の者達は連日徹夜で捜索を続けている。
幸いなことに、未だに被害の報告は未だに無い。
しかし……。


永倉「ああ畜生!出てくるならとっとと出てきやがれってんだ!」


徹夜で市中を捜索し、日中は巡察や隊士達の稽古。
底なしの体力を誇っていた幹部達にも、流石に疲れと苛立ちが見え始めていた。


沖田「新八さんは、まだいいじゃない。僕なんて昨夜は羅刹を捜索した後、朝一番で巡察にも出たから眠くてしょうがないんだけど。一君もそうでしょ?昨日は夕方の巡察入ってたもんね」

斎藤「俺ならば心配は無用だ。眠らずとも、隊務に支障をきたさぬように心がけている。……しかし、いつまでもこのままと言うわけにはいかぬだろうな」


その場にいた者達は、黙って斎藤の言葉に頷いた。
やはり日中の任務と夜中の捜索をこの人数で回すのはかなり厳しいのだ。


原田「……そういや、名前は何処行ったんだ?一昨日くらいから姿を見てねえ気がするんだが」


朝餉を食べながらも、原田の一言でその場にいた者達は顔を見合わせた。


永倉「……そういや、俺も一昨日の晩飯以降顔合わせてねえ気がするな」

沖田「僕も。寝る時間帯がずれてるから入れ違いになってるのかもしれないけど、全然見かけないんだよね」

斎藤「……俺も見ておらん」

「「「「………」」」」


何だか嫌な予感がして四人は顔を見合わせた。
彼女の身に何かあったのではないかと思ったのである。

するとその時、広間の障子戸が開いた。


名前「ただいま。ああ、いい匂い!」

沖田「あ、噂をすれば。お帰り」


ふらりと頃合よく現れたのは、ちょうど話題に上がっていた名前であった。
普段とそれほど変わらぬ表情だが、やはり若干の疲れは浮かんでいる。


名前「土方さんいる?部屋かな?」

永倉「寝てんじゃねえか?ついさっき帰ってきたみてえだしよ」

名前「そっか、じゃあ報告は後でいいかな。ああ、お腹空いた!」


用意されていた膳の前にドサッと腰を下ろす名前。
その姿を見かけるのは、幹部陣からすれば何だか久しぶりである。
名前はバグバクと物凄い勢いでご飯を食べ始め、普段通りの速さで食事をしていた斎藤や沖田をあっという間に追い抜き、瞬く間に完食してしまった。


沖田「うわ、速く食べ過ぎじゃない?大丈夫?」

名前「いやー、お腹空いちゃって。昨日からお蕎麦一杯しか食べてなかったの」

「「「「……は?」」」」


さらりと受け流しそうになったが、耳を疑う発言が飛び出してきた。


沖田「……ちょっと待って。なんでそんなに食べてないの?」

名前「だってほとんどお金持ってないし…。こっちに帰って来る時間も勿体なくて、」


─── ゴツンッ


名前「痛いっ!!なんで拳骨!?」

沖田「馬鹿なの?」


珍しく沖田の拳骨が名前の頭に直撃した。
だが無理もない。
名前の姿を見かけなかったのは入れ違いになっていたからではなく、八木邸へ帰ってきていなかったからだったのだ。


原田「おまっ…まさか一昨日の夜からずっと外にいたってのか!?」

名前「うん」

永倉「ちょっと待て、それなら何処で寝てたんだ?」

名前「何処でって、疲れた時は流石に路地裏で休んだりしたけど…それ以外は寝てないよ」

沖田「馬鹿なの?ねえ、馬鹿なの?」

名前「いひゃい、いひゃい!!」


あんぐりと口を開ける原田。
そうなると彼女が最後に寝たのは三日前。
原田が驚くのも無理はない。

一方名前は沖田に頬を抓られていた。


名前「だ、だって!私は皆よりも巡察に行く回数が少ないし、隊士の人達を稽古付ける仕事もないし……」


それに、と付け加えながら名前は目を伏せた。


名前「……私の、せいだから」


その言葉で、しんとその場が静まり返る。
どうやら名前はかなり責任を感じてしまっているようで、それ故の行動らしい。


名前「……ご馳走様でした。私、今度はもう少し遠くを探してくるね」


ふわっと儚い笑みを浮かべて、名前は膳を持って立ち上がる。
しかし彼女のその手をガシッと掴む手があった。


名前「……一君?」

斎藤「……駄目だ」

名前「え?…ちょっ、おわっ!!?」


名前の手を掴んだのは斎藤であった。
斎藤は無理やり名前の手から膳を取り上げると、何を思ったのか名前の首根っこを掴みあげる。
そしてズルズルと引きずって名前を連行し始めた。


名前「いだだだだ!痛い痛い、一君痛い!」

斎藤「あんたは今日は大人しく寝ていろ」

名前「えっ!?大丈夫だって、まだまだ走れるよ!」


どうやら斎藤は名前を無理やり寝かせるつもりのようだ。
名前が斎藤に引きずられて行く中、沖田が声をかける。


沖田「あ、一君。多分その子なら目を離した隙に逃げ出すだろうから、縄で縛って布団に入れておいてくれる?」

斎藤「承知した」

名前「何その恐ろしい助言は!?承知しないで、一君!!」

斎藤「あんたから『寝る』という言質を取るまでは撤回できん」

名前「分かった!寝る!!寝ます、絶対寝るからお願い!!」

斎藤「ならば行動で示せ」


スパン!と勢いよく障子戸が閉められ、二人の声は遠くなり、それは次第に聞こえなくなった。
先程まで名前が居たはずの場所を、永倉と原田は同情の目で見ている。
斎藤が名前に対してあれ程手荒な真似をするのは初めてだろう。


原田「……だいぶ責任感じてるみてえだな、彼奴」

永倉「ああ。名前だけじゃなくて平助もだぜ。ったく、彼奴らの元気がねえと辛気臭くてかなわねえや」


まさか文字通り一日中探してるとは思わなかったが、と永倉は呆れたように付け加えた。


永倉「何もあそこまで落ち込まなくてもよ」

沖田「……名前も平助も、どっちも責任感じやすい性格だからね」

原田「……まあ、羅刹が捕まれば万事解決ってわけだな」


沖田と永倉は、全くその通りだと言わんばかりの表情で頷いたのであった。

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