銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

その翌日。

名前は昼頃に無事目を覚ました。
名前の怪我は幸い大したことはなかった。
羅刹に蹴られた腹には大きな痣が残っていたが、奇跡的に内臓は無事だという。

近藤や沖田、斎藤、永倉、原田が名前の元へ続々と見舞いに来てくれた。
皆はホッとしたような表情を浮かべており、近藤に至っては涙ぐんでいたが、皆どこか疲れ切っているように名前は感じていた。

そしてその理由は、土方によって明かされることとなった。


名前「……逃げた……?」


土方から名前に告げられたのは、昨晩の羅刹が逃走したという事だった。
しかも、未だに捕まっていないのだという。


土方「ああ、昨日の夜から夜通し探してるんだが…まだ見つかってねえ。羅刹の事を平隊士には言えねえからな、幹部で探し出すしかねえ」


土方からその話を聞いた名前は、サッと血の気が引くのを感じた。
恐らく皆は早朝や日中の巡察もある中、徹夜で羅刹を探していた。
だからあれほど疲れ切っていたのだ。

それにもし、何の罪もない町の人が襲われでもしたら。

自分があの時、食い止められなかったから。
自分のせいで、いつの間にかこんな大惨事に。


名前「っ、すみませんでした!!」


布団の上で即座に佇まいを正し、土下座をする。
ズキッと腹の痣が痛んだが、それどころではなかった。


名前「私がっ…私が、止められなかったから…こんな、ことに……!!」


悔しかった。
これがきっと沖田や斎藤なら、しっかりと仕留めていたのかもしれない。
悔しさのあまり、体が震えた。


土方「……いや、お前だけのせいじゃねえ。俺も遅くなっちまって悪かった。よく一人で持ち堪えた」

名前「……っ、」

土方「……夜はまた全員で捜索する。お前も回復したら参加してくれねえか」

名前「勿論です」

土方「そうか。……無理だけはするな、今は安静にしてろ」


それだけ言うと土方は、静かに部屋を出ていった。
恐らく彼なりの気遣いなのだろう。


名前「……っ、」


土方の優しい言葉が、今の名前には苦しかった。
自分はなんて弱いのだろう。
役に立ちたいと言いながら、結局は足を引っ張ってばかり。
一人では何も出来ないのだ。

だが、今更後悔しても終わったことは仕方がない。
いかに失敗を挽回できるかだ。
幸い羅刹の行動は夜のみ。
被害が出る前に何としてでも捕まえなければ。

固い決意をして、ぎゅっと布団を握り締めた時であった。


藤堂「……名前?起きてるか?」

名前「平助?どうぞ」


藤堂が名前の部屋を訪れた。
しかし、その様子は妙に沈んでいるように見える。
彼の元気が無いと何だか不安になってしまうのは、毎日彼から元気を貰っているからなのだろう。


名前「ど、どうしたの?何かあった?」

藤堂「……名前、すまねえっ!!」


部屋に入ってくるなり、藤堂は名前に向けて土下座をした。
名前が驚きで固まっていると、藤堂は苦しげな表情で話し始めた。


藤堂「全部、オレのせいなんだ。昨日の夜、河原で奴を見つけて……なのにオレ、彼奴を殺すのを一瞬躊躇しちまった。その隙に逃げられちまったんだ」


藤堂の手は、微かに震えている。


藤堂「……化け物とはいえ、元々は人間だったのに。本来なら斬る必要のなかった奴なのにっ……彼奴の家族も友達も、誰も彼奴があんな風に狂っちまったことは知らねえのにって……」

名前「平助……」


頭を下げる藤堂に、名前の胸は酷く痛んだ。
何故なら、名前も藤堂と同じ思いを抱いているから。

人は必ず、誰かの大切な人であると名前は考えている。
人の命を奪う事は、誰かの大切な人を奪う行為なのだ。
勿論、殺せと命令されればその命令には従わなければならない。
しかし、本来殺さなくていいような者は斬りたくない。
藤堂も名前も同じ思いを持っていて、それに苦しんでいるのである。


名前「そんな…平助のせいじゃないよ!元はと言えば私があの人を止められなかったのが原因だから……本当にごめん」

藤堂「でもお前は、一人で体張って止めてくれてたっ……!なのに、オレのせいでっ……!すまねえ!!」

名前「ううん、私の方こそ……」


……これでは切りが無い。
互いにそう思ったのか、頭を下げたまま無言の時間が通り過ぎた。
名前が恐る恐る顔を上げれば、藤堂は苦しげな表情を浮かべていた。


名前「……平助?」

藤堂「……お前の刀、血で汚れてた。お前が奮闘してたってすぐに分かったんだ。お前は凄いよ、オレなんかよりもちゃんと覚悟を決めてて…ずっと強い。オレは、こんなにも弱かったんだな」


藤堂は己の手を開いたり閉じたりしている。
その表情があまりにも悲痛そうで、名前は思わず藤堂の手を握った。


名前「平助は弱くなんかないよ」

藤堂「……弱ぇよ。心が弱ぇ。あの時だって、お前は……オレなんかよりずっと、強かった」


あの時、というのは恐らく昨日ではない。
家里を殺した日のことだろうと名前は直感的に悟る。


名前「……ううん、それは違うよ平助。私は強くない。皆がいるから…皆に支えられて、何とか立っているだけなの」

藤堂「……皆が……?」

名前「うん。……私も、平助と全く同じことを考えてる。悪いことをした人でも、絶対に誰かの大切な人なのにって……。だけどあの時、私を繋ぎ止めてくれた人がたくさんいたの。皆がいなかったら、私はきっと壊れてた」


名前の頭の中に思い浮かぶのは、沖田に土方、そして斎藤の顔だった。


名前「私は、皆に支えられて立ってる。此処にいられる。だから…私も、誰かの支えになれたらと思ってる。出すぎたことかもしれないけど……私、平助の力になりたい」

藤堂「名前……」

名前「今夜から私も捜索に出る。あの人を一緒に探そう、ちゃんと挽回しよう。だからお願い、私と一緒に守って、平助」


─── 皆と、町の人達を。

名前には、藤堂の瞳が一瞬潤んだように見えた。
しかしその瞳には先程とは違い、強い光が宿っていた。


藤堂「 ─── ああ。頼む」


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