銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

翌日、五月二十九日。

夜、斎藤は土方の部屋に呼ばれていた。
名前の仕事部屋が土方の部屋になったらしく、部屋には文机が一つ増えている。
しかしその持ち主の姿がない事から、恐らく内密な話なのだろうと斎藤は察していた。


土方「他の奴らには明日話す予定なんだが、近々大坂へ下る。潜伏している不逞浪士の取締りと資金調達が目的だ。…そこで、だ」


土方が斎藤に向ける視線は鋭かった。


土方「今後活動する上では人脈が必要不可欠になってくる。だが俺達は京や大坂では顔が利かねえ。そこで、大坂出身の山崎から大坂と京に詳しい商家を紹介してもらう。お前には別行動を取ってもらい、そいつらとの人脈作りを任せてえんだ」

斎藤「…成程」

土方「できれば内密に行動してもらいてえんだが…やってくれるか?」

斎藤「勿論です」


内密に、というのは主に芹沢に対してだろう。
いつまでも芹沢におんぶに抱っこではいられないと土方が呟いていたのを、斎藤はいつだったか耳にしている。

浪士組の為ならば、斎藤は何でもする。
断るはずがなかった。
土方も斎藤の交渉術と隠密行動の素質を買っての采配なのだろう。
しかし、斎藤の頭には一つの案が浮かんだ。


斎藤「…ですが、一つだけお頼みしたい事がございます」

土方「おう、なんだ?」

斎藤「…その商家との交渉に、名前を同行させる事は可能でしょうか」


土方が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
まさか斎藤がそんな事を頼んで来るとは思わなかったのだろう。


斎藤「お恥ずかしながら…俺は生来口下手な故、人脈作りとなると俺一人の交渉では些か不安があります。…彼女は雄弁です。彼女の言葉は人の心を動かします。彼女がいれば、事が上手く進む確率が上がるのではないかと」

土方「…まあ、お前の言いたいことはわかる。だが…参ったな。彼奴はこっちに居残りさせる予定だったんだが……」


予想外の事に、土方は苦笑していた。
というのも土方は、芹沢から「大坂への同行者には人を斬れる者を選べ」と言われていたのである。
今は彼女の心に負担をかけないよう、そして別件で頼みたい仕事もあり、名前の居残りは土方の中では確定事項であったのだ。

しかし今回の事は斎藤に任せっきりになる以上、土方も強くは言えない。
珍しく斎藤が譲らない姿勢を見せたのも、その理由に含まれている。


土方「……分かった。名前を連れて行け」

斎藤「ありがとうございます。お手間を取らせてしまい、申し訳ございません」

土方「いや…実際お前の言う通りだ。人脈作りをするにはこっちの印象も大事だからな。お前を信用してねえわけじゃねえが…彼奴がいればその点は問題ねえだろう」


名前にはその場を和ませる才がある。
本人は無自覚なのだろうが、名前の笑顔は自然と周りの空気を明るくするのだ。

それに加えて試衛館時代に商売をしていた経験から、対人関係を作るのには慣れているはず。
斎藤が名前を同行させたい、と言うのも分からないわけではなかったのである。


土方「彼奴には俺の方から伝えておく」

斎藤「ありがとうございます」

土方「……しかし、驚いたな。お前がそこまで彼奴を買っていたとは思わなかった」


斎藤が部屋を去ろうとすると、土方のそんな呟きが耳に入る。


斎藤「……彼女の存在には、何度も助けられております故」


小さく微笑みながら告げた斎藤に、土方は再び驚いたような表情を浮かべた。
斎藤にそこまで言わせるとは、と驚愕したのである。

小さかった筈の妹が、めきめきと頭角を現し始めている。
それを実感し、土方は口元に笑みを浮かべたのだった。

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