銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

─── 文久三年 四月二十四日。

夜、名前達は土方から広間に集まっておくように声をかけられ、広間で待機していた。
しかし、当の本人は一向に姿を見せない。
近藤と山南の姿もなかった。


藤堂「……長いな。近藤さん達、何話してんだ?人材不足を解決する方法があるとか言ってたけど……。どうして医者が来たんだ?」


藤堂の言葉に、名前は今日の夕方の出来事を思い出す。
近藤と土方が、とある医者を名前達に紹介してきた。
その男は、『雪村綱道』という名の蘭方医であった。
網道は浪士組の人材不足を解決させる為に、幕府から使わされたのだという。

その後、近藤や土方は何やら話し合いをするらしく、その際に名前達は広間に集合しておくようにと言われたのだが……。
疑問が残らないはずがない。
藤堂の言う通り、何故医者が使わされたのだろうか。


名前「……なんだか変だよね。色々と不自然すぎる」

永倉「ああ。向こうは給金すらまともに払おうとしてねえみてえなのに……何か、きなくせえよな」

井上「勇さんやトシさんがいるんだ、悪いようにはならないと思うが……」


苛立ちや不安が募るその場の空気を落ち着かせるように、年長者である井上が二人を慰める。
しかし声色には表れていなかったものの、井上の瞳には拭い切れない不安の色が浮かんでいた。


原田「実際、幕府はどうするつもりなんだ?普通に考えりゃ、金をばら撒いてあちこちで募集かけるのが一番手っ取り早いんだろうが……」

斎藤「……そのようなことは、我々が気にするべきことではない。土方さんならば会津藩とうまく交渉して、有利な条件を引き出してくださるはずだ」

原田「まあ、そりゃそうなんだろうが……」


重苦しい空気が流れる。
そんな中、幕府になど全く興味が無いといった様子で普段通りなのは沖田だけだ。


沖田「井吹君。君、芹沢さんの肩もみしなくていいの?」


そう言った沖田の視線の先には、縁側に腰掛けている井吹の姿がある。


井吹「話が終わるまでこっちにいろって言われたんだよ!」


ムキになったように井吹が言った、その時だった。


「 ─── ぐああぁあぁぁっ!!!」

「「「っ!!?」」」


突然響き渡った叫び声。
断末魔のような、明らかにただ事では無さそうな叫びであった。

名前達は咄嗟に顔を見合わせると、勢い良く部屋を飛び出して叫び声の聞こえた方へと走り出す。


名前「前川邸の方だったよね!?」

藤堂「ああ!何なんだよ、今の悲鳴!」

永倉「只事じゃねえな!」


悲鳴の聞こえた前川邸へと入ろうと、名前と藤堂は急いで門に飛び付いた。
しかし……。


名前「……あれっ!?」

藤堂「くそっ、開かねえんだけど!?」


どうやら内側から鍵が掛けられているらしい。


?「うぐっ、ぐうぅううっ!!!!」

土方「くそっ、どうなってんだ此奴は!」

近藤「トシ、山南君!外へ出すな!」

山南「ええ!」

?「ぐああぁぁああっ!!!」


その間にも土方達の声と共に、まるで獣のような呻き声が門の向こうから聞こえてくる。


永倉「どけっ、平助、名前!」


永倉が咄嗟の判断で藤堂と名前を後ろに下がらせ、自ら体当たりして扉を壊す。
そして永倉と藤堂が先陣を切って前川邸へと駆け込んで行った。

名前も彼等に続いて入ろうとすると、突然後ろからガシッと手を掴まれる。


名前「っ、一君!?」

斎藤「待て。此処は俺と総司が行く。あんたは左之と表の方を固めてくれぬか」

名前「っ、わかった!気をつけて!」

斎藤「ああ。源さんは此処を頼みます」

井上「ああ」


斎藤が素早く指示を出し、その場にいた者はそれに瞬時に従った。
しかし、前川邸に入り込もうとした者がもう一人。


井上「っ、井吹君!」

沖田「君は来たって足を引っ張るだけだよ」

井吹「なんだとっ!?」


井吹が前川邸に入ろうとするといつもの皮肉めいた口調で沖田に咎められ、こんな時だというのに喧嘩が始まりそうであった。


名前「ちょっと、龍之介!今はそんなことしてる場合じゃないよ!」

原田「ああ。刀を抜いて人を斬る覚悟がねえんなら、八木さんの所に戻ってろ。半端な覚悟しか持ってねえ奴が戦いの場に出ても、邪魔になるだけだ」


名前と原田に咎められ、井吹は一瞬言葉に詰まった。
しかし驚いた事に、井吹は刀を鞘から抜いた。
予想外の彼の行動に戸惑った名前は、思わず原田を見上げる。


原田「……油断だけは、するんじゃねえぞ」


険しい顔のまま忠告する原田。
しかしそれは、井吹が行動を共にすることを認める発言であった。

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