銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

名前「わあ…!」


行儀良く並べられた行李から現れたのは、思わず感嘆の声が漏れてしまう程鮮やかな浅葱色。


藤堂「すっげえ!赤穂浪士みてえで、めちゃくちゃ格好いいじゃん!!」

永倉「"おのおの方、討ち入りでござる!" ってやつだな!」

藤堂「袖口のこの模様って何ていうんだっけ?確か、名前があったよな?」

永倉「え〜なんだっけなぁ……確か、さっき持ってきてくれた兄ちゃんが……」

名前「だんだら模様?」

永倉「ああ、それだそれ!」


興奮したように歓声を上げるのは藤堂と永倉だ。

赤穂浪士とは、『赤穂事件』で主君であった赤穂藩主・浅野内匠頭の仇を討つために吉良上野介の屋敷に討ち入り、本懐を遂げたのち切腹に処せられた者達である。
彼等の物語は歌舞伎で語られるほど絶大な人気を持っており、忠臣蔵の観劇は庶民の楽しみの一つである。

赤穂浪士みたい、というのはこのだんだら模様のことだ。
歌舞伎演目の「仮名手本忠臣蔵」にて、赤穂浪士はこの入山型のだんだら模様の装束を着て討ち入りに挑んでいるのである。


新見「浪士組の名を京で知らしめるために、芹沢先生が大坂で調達した金で作らせたのだ」

藤堂「なあ!せっかくだから袖通してみようぜ!」

近藤「いいですか?芹沢さん」

芹沢「ああ、構わん。着せてやれ」


隊服を手に取り、大喜びしている藤堂と永倉。
そんな二人の様子に気を良くしたらしく、芹沢も機嫌が良さそうだ。


藤堂「やった!源さん、鋏!躾糸取るから!」

井上「ちょっと待ちなさい」

藤堂「なあ早く早く!」

井上「切ってあげるからじっとしていなさい」

永倉「俺のもな!」

井上「はいはい」

名前「源さん、手伝いますよ」

井上「おや、ありがとう」


まるで親子のようなやり取りが繰り広げられており、名前は笑みを零しながら鋏を手に取った。
その一方で、沖田や原田、斎藤は何とも言えない表情で隊服を見ている。


沖田「左之さんはこの服どう思う?」

原田「ちょっと目立ちすぎな気もするが……なあ、斎藤?」

斎藤「一理ある。これでは直ぐ居場所を見つけられてしまうだろう。返り血で汚れてしまった時、一々洗いに出すのも手間がかかるだろうしな」


そんな斎藤の言葉で何かを理解したのか、沖田はくすりと笑った。


沖田「なるほどね、一君が黒しか着ないのは返り血を浴びた時、目立たないようにしてるわけ?用意周到だなあ」

斎藤「……さあな」


斎藤は素っ気ない返事をするが、これも慣れたものである。
すると、彼等の会話を聞いていたらしい土方が口を開く。


土方「京で俺達浪士組のことを知らしめるためには、こういうやり方もあるってことだ。それにな、見回りの時に揃いの隊服を着てりゃ不逞浪士と間違われることもねえし、味方に斬りつけちまうことも避けられる」

原田「成程な」


土方の言葉を聞き、原田が納得したように頷いた。
土方の言う通り、斬り合いになった時に敵味方の区別を一瞬で付けるのは難しい。
騒ぎの仲裁に入った時に「不逞浪士同士の喧嘩だ」と言われることも無くなるだろう。

パチンパチンと鋏で糸を切りながら、名前は彼等の会話に耳を傾けていた。
最後の躾糸を取り、名前は改めてその羽織を見る。


名前「浅葱色……」


そもそも浅葱色とは、武士が切腹するときに着用する裃の色である。
つまり、武士の死装束を意味するものなのだ。


土方「お前のはこっちだ、それじゃ大きすぎるだろうが」


不意に持っていた羽織を取り上げられ、ばさりと別の羽織で体を包まれる。
新品の着物の香りがふわりと鼻を掠めた。


土方「……お前はどう思う」

名前「え?この羽織ですか?」

土方「ああ」


武士の死装束の色に、赤穂浪士を真似ただんだら模様。
このだんだら模様は蛇の鱗を表していると名前は本で読んだことがあった。
脱皮を繰り返して生きる蛇は不老不死の象徴だ、ということも。
つまり、この羽織に込められた思いとは。


名前「" 決死の覚悟で永久に信念を貫く "……。私は、かっこいいと思いますよ」

土方「……そうか」


フ、と土方が表情を緩めた。
しかしそこに潜んでいるのは、あまり納得のいっていないような表情。
彼のその表情で名前は、この隊服を立案したのは芹沢なのだろうと察する。

余計な事を言ってしまったかと眉を下げた名前であったが、土方はそれ以上何も言わず、ただ名前の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
彼に頭を撫でられるのは初めてだったため、名前はあんぐりと口を開けて土方の顔を見上げていた。

……そのため、名前の言葉に芹沢が口角を上げていた事など知る由もなかったのである。

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