銀桜録 黎明録篇 | ナノ


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あの後、死んで詫びると言い出して聞かなかった斎藤を何とか説得した名前。
朝からなかなかの重労働であった。

午前は沖田と共に市中の見回りをし、そのついでに昼餉と夕餉の材料を買って帰った名前。
その流れで今は沖田と共に、昼餉のおにぎりと味噌汁を作っていた。

名前が大根の皮を剥いていると、「そういえばさ、」と沖田が口を開いた。


沖田「名前、今朝部屋に居なかったよね?何処に行ってたの?」

名前「え!?」


まさか、部屋に居なかった事がばれていたとは。
驚きのあまり思わず手が滑り、包丁は大根の上を勢い良く走り抜ける。


名前「痛っ…!!」

沖田「っ!大丈夫!?見せて」


大根の皮の上を滑った包丁は名前の親指へ。
それなりに深く切ってしまったらしい。
じわりと鮮血が滲み出て、名前の白い肌を伝っていく。
沖田は名前から包丁と大根をもぎ取ると、彼女の手をぐいっと引き寄せて傷口を見る。


沖田「今、傷薬持ってくるから」

名前「あっ、大丈夫だよ!このくらいならすぐ治るし」

沖田「でも傷口から菌が入ったら、」

名前「大丈夫だから。……ほら、」


名前はもう一度親指を沖田に見せる。
沖田の目に入ったのは、その傷口があっという間に塞がる様子であった。


沖田「……そう。それならいいけどさ」

名前「心配してくれてありがとう。でも昔からこうじゃん、私の体は。このくらい小さい傷ならすぐに治るって」


「変な体質だよね」と言いながらヘラッと笑った名前だが、沖田は少し複雑そうな顔をしていた。

それは、名前と沖田の二人だけの秘密。
近藤や土方、井上ですらも知らない秘密であった。
名前は、傷の治りが異常な程に早い。
小さなかすり傷なら、先程のように数秒のうちに治ってしまう。

沖田がその事に気づいたのは、もう十年以上前。
兄弟子達に虐められていた沖田を庇い、名前が代わりに殴られたあの時である。

正しくは、沖田が試合で兄弟子勝って名前とも和解をした後の話だ。
木刀で殴られてから数日間は、包帯を頭に巻いていた名前。
その巻き方はかなり不格好で、沖田が罪悪感を感じないはずもなく、せめて彼女の傷の手当を手伝ってやろうとした。
しかし包帯を取ってみれば、彼女の額と耳の傷は跡形もなく消えていたのである。

異常な程の回復力であった。
名前自身も自分の体の異常さには気づいており、沖田には真実を打ち明けて口止めをしたのである。


沖田「……何なんだろうね、君のそれ。変な病気じゃないといいけど」

名前「傷が早く治る病気?それは、刀を握る身としては利点だなぁ」

沖田「ちょっと、ふざけないでくれる?確かにそこだけで見れば利点かもしれない。だけどもしその代わりに ─── 」


─── 君の寿命が短いなんて事があったら。

そう言いかけて、沖田はハッとして口を噤んだ。
顔には出さないだけで名前自身が一番不安に思っているであろうことは、沖田はよくわかっているのだ。
そしてそれを言ってしまえば、何だか現実になりそうな気がしてならない。


名前「……総ちゃん、どうしたの?」

沖田「……なんでもない」


鈴の音のような声が聞こえて、沖田は我に返る。
しかし彼女の手は離さず、ぐいっと自分の方へと引き寄せた。


名前「っ!?総ちゃ、」

沖田「名前」


こつん、と沖田は己の額を名前の額にくっつける。
名前の温かい体温が額越しに伝わった。


沖田「僕より先に死んだら、許さないからね」


名前の瞳が驚いたように見開かれる。
しかしそんな彼女を見つめる淡萌黄は真剣な色味を帯びていた。
額を合わせたまま、名前はこくりと頷く。


名前「うん。でも、それは総ちゃんもね?」

沖田「勿論。僕がそう簡単に死ぬと思う?」

名前「あっ、それは無いね」

沖田「でしょ?」


ふっと鼻を鳴らして沖田が微笑むと、それにつられるように名前も笑顔を浮かべた。

すると、廊下からバタバタと誰かが走ってくる足音が聞こえてくる。


藤堂「 ─── 名前、総司!」

名前「あ、平助」

沖田「どうしたのさ、そんなに慌てて」


やって来たのは藤堂だ。
しかし藤堂は炊事場を覗くなり、目を点にしていた。


藤堂「……何やってんの?」

沖田「見て分からない?昼ご飯作ってるんだけど」

藤堂「どこが!?」


藤堂が目にしたのは、名前の手を握りながら彼女と額を合わせている沖田の姿。
どう見ても料理をしている光景ではないのである。


沖田「ちょっと秘密の約束してただけだよ、ね?」

名前「うん」

藤堂「なんだよ、約束って」

沖田「秘密」

藤堂「ちぇ」


絶対に口を割らないであろう二人に、藤堂はつまらなそうに口を尖らせる。


藤堂「……って、そうじゃなくて!今すぐ全員広間に集合だってさ」

沖田「それを早く言ってよ」

藤堂「ごめんって」

名前「何かあったの?」


首を傾げて尋ねた名前に、藤堂はニッと笑った。


藤堂「届いたんだよ、隊服!!」


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