銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

目が覚めた瞬間、斎藤は頭痛に襲われた。
眉を顰めながら体を起こしたところで、斎藤は此処が自分の部屋であると気づく。

どうやら昨日の宴で飲みすぎてしまったらしい。
いつ宴が終了したのか、いつ自分の部屋へ戻り床に就いたのか。
悪酔いした永倉達に絡まれていた名前に代わり、飲み比べに身を投じてからの記憶が全く無い。

昨日の記憶を辿りながら、ふと隣に目を向けてみると。


斎藤「……っ!!?」


…これは一体、どういう事だ。
一体何が起こっているのだ。
頭が混乱し、斎藤の脳内には "何故" の二文字。

何故なら隣には、横たわっている名前の姿があったからだ。
彼女は、穏やかな寝顔を此方に向けている。
何故、彼女が此処で寝ているのだろう。

斎藤はそこでふと、自分が何かを強く握りしめていることに気づく。
それは、名前の華奢な手であった。
…まさか、と胸がざわついた。
まさか記憶の無い間に、自分が彼女を此処へ連れてきてしまったのだろうか。

…頭痛が増した。
幸い、互いに着物の乱れは全く無い。
しかしだからと言って、何も無かったとは言いきれない。

何も無かったと思いたいが…。
もし、酒に酔った勢いで彼女に手を出したとなれば。
彼女にも近藤にも土方にも顔向け出来ない。
未婚の、それも恋仲でもない女子に手を出すなど…いざとなれば腹を切って詫びる他無い。


名前「…ん、…はじめ、くん…?」


突然聞こえてきた声に斎藤の心臓が飛び跳ねた。
薄らと開かれた焦茶色が斎藤を見ており、寝ぼけ目を擦りながら名前はゆっくりと体を起こす。
名前の頬には畳の跡が付いてしまっていた。


名前「ふあ…おはよう…」


未だ眠気が取れていないような声色で、名前はふにゃりと微笑んだ。

─── チャキ…


斎藤「名前、総司か副長を呼んでくれ。介錯を頼みたい」

名前「何その物騒な朝の挨拶!!何してるの!?」


名前の眠気はその瞬間に一気に吹っ飛んだ。
斎藤が突然脇差を手にしたかと思うと、その刀の鋒を己の腹に向けたのである。
名前が慌てて斎藤の手を掴めば、斎藤は苦悶の表情を浮かべた。


斎藤「……俺は大罪を犯した。武士として有るまじき罪だ」

名前「何の話!?何があったの、寝ぼけてるの!?」

斎藤「寝ぼけてなどおらぬ。……もしや、腹を詰めるのでは許せぬという事か。成程、確かにそれは一理ある。俺は取り返しのつかない事をしてしまったのだからな、斬首となってもおかしくはない。この期に及んで切腹など、図々しい願いであったか」

名前「ねえ待ってってば、一君!本当に何の話をしてるの!?一旦落ち着いて!?」


刀の話をする時以外でこれ程饒舌な斎藤は珍しい。
寝起きの頭につらつらと長ったらしい斎藤の文言が流れ込んできて、名前の頭まで痛くなりそうであった。


名前「取り敢えず、刀を仕舞おう?何があったのかちゃんと聞かせて、一君」

斎藤「……何故止めるのだ。酔った勢いであんたに手を出したとなれば、皆に合わせる顔など無い……!」

名前「何でそうなったの、物凄く盛大な勘違いをしてるよ!」

斎藤「何故勘違いと言い切れる?俺には昨日の記憶が無いのだ。記憶が無いまま責任を取っても、それでは誠心誠意を尽くして詫びた事にはなるまい。死んで詫びる事が唯一出来る償いなのだ」

名前「いや私はちゃんと覚えてるから!昨日は何も無かったよ!」


脇差を無理やり鞘に納めさせながら名前が叫べば、はたと斎藤の動きが止まった。


斎藤「……それは、真か?」

名前「本当だよ。一君、部屋に戻って来てからすぐに寝ちゃったんだよ」

斎藤「……そ、そうか」


ようやく斎藤の手から力が抜けた。
名前がほっとして息を吐けば、斎藤は目を伏せる。


斎藤「……すまぬ。どうやら俺の早とちりであったようだ」

名前「ううん、私もごめん。要らない勘違いさせちゃって」


斎藤は若干頬を赤らめており、己の失態を恥じている様子だ。
しかしふと、何かに気づいたように名前を見つめる。


斎藤「……しかし、それならば何故あんたは此処で寝ていたのだ?」

名前「あー、それはね。一君が私の手を握ったまま寝ちゃって、戻るに戻れなくてさ」

斎藤「……」


─── チャキ……


斎藤「……名前。総司か副長を、」

名前「だからそれはやめてってば、一君!!」



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