銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

名前「はい、一君。お布団敷いたよ」


飲み会終了後、名前は斎藤を部屋に送り届けていた。
足取りは比較的しっかりとしていたが、何しろ名前が三人いると見間違える程の酔いっぷり。
何処かで転んでしまうのではないかと不安になったのである。

そして殺風景な部屋に布団を敷いて、後ろを振り返れば。


斎藤「新八の刀は播州手柄山氏繁だ」

名前「一君、箪笥に向かって話さないで!」


箪笥と向き合う斎藤を引っ張り、布団へ無理やり押し込める。
さすがに着物を脱がすのは気が引けたため、そのままだ。

まさか斎藤も酒を飲むと厄介になる部類だとは思わなかった。
まるで一仕事終えたような疲労感。
しかし、大人しく布団に入った斎藤に向かって「じゃあまた明日ね」と手を振ろうとすると。


名前「……」


名前の左手首を掴んでいる、斎藤の手。
なんだろう、この手は。


名前「は、一君…?」

斎藤「何処へ行くつもりだ」

名前「えっ、自分の部屋だけど…?」

斎藤「何故」

名前「逆に何故!?」


斎藤が名前の手を離そうとしない。
普段ならば絶対に彼がしない行動であり、戸惑わずにはいられない。


名前「いやいや、此処は一君の部屋だし。私も戻らないと…」

斎藤「ならば此処で寝れば良いだろう」

名前「絶対駄目!!!」


斎藤とは思えぬ程、支離滅裂な発言である。
いくら斎藤が名前の想い人であろうが、同じ部屋で一晩過ごすのは流石に拙い。
慌てて斎藤の手を振り払おうともがくが、びくともしない。
すると、ぐいっと腕を引かれて斎藤との距離が縮まる。


斎藤「名前」

名前「はっ、一君…!?」

斎藤「俺は…近頃の俺は、どうも身勝手だ」

名前「…ど、どういうこと…?」


目の前に迫った斎藤の顔に戸惑いながら聞き返せば、蒼い瞳が僅かに細められる。
彼が稀に見せる、険しい表情であった。


斎藤「俺は…あんたのこの手を、血に染めたくはない」

名前「っ!」

斎藤「あんたの手が汚れる日が来ることを思うと…酷く胸が痛む。これがあんたの覚悟に対する裏切りだとは思いながらも…俺は、あんたの手を汚したくない」


斎藤が自分の心の内を打ち明けるのは珍しい。
彼は、酷く苦しげな表情を浮かべていた。


名前「…兄様達と一緒にいる事を選んだ時から、覚悟はしてる。私の手足は兄様達に尽くす為にある。兄様達の夢を叶える為にあるの。だから…何でも、受け入れなきゃ」


たとえそれが、人の命を奪うような事であっても。
此処に来た以上、人を斬るのが怖いなどとは言ってられないのだ。
それが浪士組と近藤達にとって必要ならば、やらなければならないのだ。


斎藤「…そうか」


斎藤の表情は悲痛なものだった。
それは、名前が彼に思いを告げた時と同じ表情で。
名前は思わず息を飲む。


斎藤「…ならば、」


不意に手首を掴んでいた斎藤の手が離れたかと思うと、その手は名前の手と重なった。
名前の指を絡め取り、強く握られる。


斎藤「…俺が、守ろう」

名前「…え、」


何を、とは言葉が無くとも伝わった。
斎藤の手が、強く名前の手を握り締めていたからだ。
まるで、"この手を守る" と言うように。

顔を上げれば、斎藤の蒼い瞳と目が合う。
彼の瞳は、何度見ても吸い込まれそうになる。
しかし斎藤の視線は、ふっと逸らされた。


斎藤「…すまぬ。あんたの覚悟への冒涜になるな。戯言だ、忘れろ」

名前「…一君…」


どうして彼は、こんなにも優しいのだろう。
彼の思いが嬉しくて、しかしそれでいて切なくて、思わず斎藤の手を強く握り返す。

しかし、その瞬間。
斎藤の体は、パタンと力が抜けたように倒れた。


名前「えっ、一君!?」


驚いて声をかければ、聞こえてくるのは微かな寝息。
どうやら相当酔いが回っていたようで、遂に限界に達したらしい。

しかし、名前の左手はしっかりと握られたままだ。
これでは部屋に戻れない。
もう、という小さな溜息と共に名前の口から零れたのは。


名前「…ありがとう、一君」


彼の気遣いに対する、感謝の言葉であった。

<< >>

目次
戻る
top
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -