2
永倉「よーし、盛り上がってきた!ほら、名前!お前も飲め飲め!!」
名前「えっ!?いや、私お酒は飲めないから…」
藤堂「飲めないっつうか、飲んだことねえんだろ!飲んでみなきゃわからないって!」
原田「今日くらい良いじゃねえか!お前の腕が認められためでたい日なんだからよ!」
いつの間にか話の矛先は名前へと移っていた。
見事なまでの絡み酒である。
いつもなら止めてくれるはずの原田も今日はかなり酔っ払っており、永倉達側のようだ。
藤堂「名前は案外酒豪だったりして」
永倉「そりゃおもしれえ!そうとくりゃ、久しぶりに飲み比べでもするか!」
原田「おっ、そりゃいいな」
名前「ちょっと待って、何でそうなるの!?」
流石は酔っ払いというべきか。
まだ名前が飲んでもいないのに、なぜか名前が酒豪ということになって話が進んでいる。
あれよあれよという間に藤堂が猪口と大量の徳利を名前の前に設置。
さあ飲め!と言わんばかりの表情で名前に迫る三人。
酔っ払っていても反射神経の鈍らないこの三人から逃げるのは不可能に近い。
名前としては、1滴も酒を飲んだことがないのだが…。
彼らの空気を壊すのも気が引けたため、覚悟を決めて猪口を手に取る。
…しかし、その時。
猪口を持った名前の手に、別の手が重なった。
斎藤「名前、止めておけ」
名前「一君!」
斎藤「飲み比べならば俺が代わろう」
名前「えっ!?」
名前を止めたのは斎藤であった。
斎藤は名前の手から猪口を取り上げると、ぐいっと一気に飲み干してしまう。
原田「おっ、斎藤!お前も飲み比べに参戦か!?」
斎藤「彼女の代わりだ」
永倉「おもしれえ!おい、俺達も飲むぞ!」
藤堂「負けねえからな、一君!」
永倉「負けた奴は勝った方に良い酒を奢るってのはどうだ!」
原田「よし、乗った!!」
名前「ええええ!?」
いつの間にか名前に酒を飲ませることよりも、飲み比べが目的に掏り替っている。
ガバガバと豪快に酒を飲む永倉達三人に対して、斎藤は至って静かだ。
名前にとって、この状況での斎藤は救世主である。
しかしこの大酒飲み三人と対決となると、些か不安だ。
名前「あ、あの、一君…。ごめんね、私の代わりにだなんて…」
斎藤「あんたが気にする必要はない」
名前「でも、飲み比べだよ!左之さん達、本気で一君を潰しにきてるって…」
斎藤「心配は無用だ、この程度ならば問題ない。…すまぬ、徳利に酒を注いでもらえぬか」
名前「えっ、もう飲んだの!?」
先程から何度も猪口を口に運んでいる斎藤だが、全く顔色に変化はない。
しかも名前の前にあった徳利五本をもう空にしてしまったようだ。
斎藤の飲み方は静かだが、恐ろしい程の速さだ。
永倉「うおっ、なかなかやるじゃねえか斎藤!」
藤堂「負けねえええ!絶対に良い酒奢ってもらうからな!」
原田「そりゃ俺の台詞だ!」
予想外の斎藤の強さは彼らの闘志にさらに火をつけてしまったようだ。
負けじと酒を飲みまくる三人だが、無茶苦茶な飲み方である。
名前「ね、ねえ、もう止めようよ!そんなに一気に飲んだら危ないって!」
原田「止めるな名前、これは男の勝負なんだよ」
永倉「ここで負けたら男が廃るってもんだ!」
名前「ええええっ!?」
最早、彼らを止められる者は此処にはいないだろう…。
******
あれから一刻(約2時間)程が経過した。
突如始まり白熱していた飲み比べが、一体どうなったかというと。
永倉・原田・藤堂「「「グォーッ……グォーッ……」」」
大酒飲み三人は、仲良く揃って撃沈していた。
その一方で、名前の隣にいる斎藤は。
斎藤「 ─── この池田鬼神丸国重の長さは二尺三寸。刀匠である池田鬼神丸不動国重による業物だ。鬼神丸国重は本国備中で、水田派の安左衛門国重の子として生まれ、後に二代河内守国助の門人となり……」
顔色は一刻前と一切変わりなく、酒を口に運びながら自分の愛刀について語っている。
呂律もはっきりとしており、普段よりも饒舌なこと以外に変化は見られない。
名前「…あ、あの…一君?体は大丈夫?」
酒を飲む速さが変わらないのが逆に不安である。
しかし、名前が恐る恐る声をかけてみると。
斎藤「近藤局長が使用しておられる刀は長曽祢虎徹。江戸新刀の代表工である長曽弥興里が作った刀だ」
名前「…ん?一君?」
斎藤「彼は明歴元年、齢五十で江戸へ出て刀鍛冶になったと言われている」
名前「おーい、一君…?」
斎藤「作刀時期により『虎徹』を表す銘には3種類あり、古い作では『古徹』、次に『はねとら』と呼ばれる『虎徹』、最後に『はことら』と呼ばれる『乕徹』の漢字が使用されているのだ」
名前「あれ!?一君!?聞こえてる!?」
おかしい。
会話が噛み合わない、というか名前の言葉が完全に無視されている。
この距離で名前の声が聞き取れないことは有り得ないし、今までこんな風に会話が噛み合わなかったことは無かった。
ガクガクと斎藤の肩を掴んで体を揺らせば、ようやく斎藤の瞳が名前を捉えた。
斎藤「…どうした?もしや、今の講釈に何か間違いでもあっただろうか」
名前「いやそうじゃなくて!一君、もしかして酔ってるの!?」
顔色は全く変わっていないが、明らかに様子がおかしい。
名前が慌てて尋ねると、斎藤は蒼い瞳を細めた。
斎藤「俺は酔ってなどおらぬ。それより、あんたは先に部屋に戻っていた方がいい。新八達が目を覚ませば、またあんたに酒を飲ませかねん」
名前「…気遣いは凄く嬉しいんだけど、何処に向かって喋ってるの!?そこは壁だよ、一君!」
斎藤「っ!?…成程、そうであったか。通りであんたの良い香りがしないと思ったのだ。あんたは此方だったな」
名前「それは酔い潰れてる新八さんだから!」
これで正常なはずがない。
斎藤は既に酔っ払っていたようだ。
名前「一君、助けてくれてありがとう!だけどもう十分!もう飲まなくていいから!ね、部屋に戻ろう!?もう終わりにしようよ!」
斎藤「飲み比べの決着がまだついておらぬだろう。一度引き受けた勝負事を途中で放棄するなど、武士の風上にも置けぬ」
名前「決着ついてるよ、一君の完封勝利だよ!!」
斎藤「…それより、何故あんたが三人もいるのだ」
名前「土方さん助けて!!!一君がめちゃくちゃ酔ってます、お開きにしてください!!!」
斎藤「名前、その盃を返せ」
斎藤から徳利と盃を無理やりひったくり、土方に助けを求める名前。
事態を察した土方が宴会をお開きにしたことで斎藤はすんなりとその指示に従い、ようやく飲むことを止めたのであった…。
<< >>
目次