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藤堂「 ─── ちょっと待てって!!」
噂をすれば何とやら、廊下から藤堂の大きな声が聞こえてきた。
しかし、何やら焦ったような声である。
名前達は顔を見合わせて、部屋の外に出た。
廊下の向こう側から歩いてくるのは、藤堂ともう一人の少年である。
背の高い原田と永倉の間からひょいと顔を覗かせて、その少年の顔をみれば。
名前「あっ……」
彼は名前も見覚えのある人物で、思わず声を上げた。
しかし原田と永倉は、その少年を見て首を傾げている。
原田「平助、誰だ其奴?」
藤堂「あっ、左之さんに新八っつぁん、名前も!」
藤堂は名前達を見つけた途端、明るい表情になった。
一方名前は原田達の元を離れ、タタッと少年の元へと駆け寄る。
名前「おはよう!起き上がれるようになったんだね、良かった!」
?「…ああ。世話になったな」
名前「えっ、ちょっと…何処に行くの!?」
その少年は名前に軽く礼を言い、一連の流れを見ていた原田と永倉には会釈をして、彼らの横を通り過ぎて行く。
しかし、そうは問屋が卸さない。
原田「…おい、ちょっと待て」
?「っ!?おい、何すんだ離せ!!」
通り過ぎようとしたその少年の首根っこを原田が捕まえた。
じたばたと暴れるその少年に、原田は鋭い視線を向ける。
原田「お前、一体何者だ?」
藤堂「上洛の途中で芹沢さんが拾ってきた奴だよ。ようやく怪我が治ってきたと思ったら、出て行くっていうからさぁ…」
原田「成程、通りで何処かで見た顔だと思った。そんで、名前は何で此奴を知ってんだ?」
名前「あ、私は…毎日ご飯を運びに行ってるから」
体格の良い原田は、少年が暴れても微動だにしない。
じたばたと藻掻く少年を横目に事情を説明すれば、原田は「成程な」と言って頷いた。
この少年は、浪士組が京へ向かう道中で倒れていたのである。
何があったのかはわからないが酷い怪我をしており、五日ほど前までは起き上がるのも困難な様子であった。
そんな彼を、名前は食事を届けるついでに看病をしていたのである。
?「っ、いつまで襟首掴んでるつもりだ!さっさと離せ!!」
原田の手を払い除けたことで、少年はようやく原田から解放される。
なんだか思っていたよりも気性の荒い少年だ、と名前は思う。
まあこの五日間彼は寝たきりだったため、想像と違うのは仕方の無いことなのかもしれないが。
原田「元気になったのはめでてえ事だが、世話になった相手に挨拶のひとつもせずに出ていっちまうってのは感心しねえな」
?「…誰も助けてくれなんて頼んじゃいない」
原田の忠告に、少年は拗ねたように目を背けて吐き捨てる。
その少年の言葉が頭にきたらしい永倉が「なんだと!?」と言いかけるが、それを言い終えるよりも早くゴツッという鈍い音が響き渡った。
?「〜〜〜っ!?な、何しやがる!!」
頭を押さえて原田を睨みつける少年。
原田が思い切りその少年の頭を殴ったのである。
その反動か、少年は尻餅をついてしまっていた。
原田「頼もうが頼むまいがお前が今こうしていられるのは誰のおかげだ?一宿一飯の恩義ってもんがあるだろうが」
怪我人だろうが何だろうが、礼を欠く者に原田は容赦が無い。
それが男であれば尚更である。
短気ではあるが彼の言葉はいつも筋が通っていて、理不尽に怒る事は無い。
要は正義感が強いのである。
名前「…あの、大丈夫…?」
だが、彼が怪我をしている事に変わりはない。
そこへ原田の容赦の無い拳骨を食らえば、たんこぶが一つ増えてしまうだろう。
その少年の体を心配した名前は、頃合いを見て少年に手を差し伸べた。
しかし、
?「 ─── っ!!一人で立てる!!」
何か嫌な記憶でも蘇ったのか、その少年は顔を思い切り顰める。
それと同時に、パンッと名前の手を払い除けて立ち上がった。
名前は目をぱちくりさせてから、「あ、ごめんね」と大して気にもしていない様子で手を引っ込めた。
実は名前は、数日前に藤堂からとある話を聞いていた。
それは、その少年が「武士なんてクソ食らえだ!!」という寝言を言っていたという話であった。
何があったのかはわからないが、彼は武士を毛嫌いしているらしいのだ。
明らかに下手くそな名前の男装でも腰に大小を差していれば、その少年にとっては名前の事も自分の嫌いな武士として映ってしまうのであろう。
こうして瞬時に少年の心境を察したため、名前は大人しく手を引っ込めたのである。
…しかし、彼女の代わりに他の者が憤りを感じたようで。
原田「…おい。お前、名前に何しやがるんだ」
先程よりも格段に低い原田の声に、少年は「ひっ!?」と悲鳴を上げて飛び上がった。
原田はキッと少年を睨みつけており、その視線は2、3人を射殺せそうな程に鋭い。
それに気づいた名前は、慌てて仲裁に入った。
名前「さ、左之さん!私は全然気にしてないよ、多分色々事情があって ─── 」
原田「いーや、お前が許しても俺が許さねえ。拳骨一発じゃ足りなかったみてえだからな」
永倉「お前、名前にも世話してもらったんだろ?事情があろうが無かろうが、今のはさすがにねえんじゃねえのか」
原田を止める名前だが、彼はパキパキと拳を鳴らしている。
永倉もその少年に厳しい視線を向けていた。
体躯の良い男二人に睨まれた少年は青ざめ、「わ、悪かったよ!!」と慌てたように名前に頭を下げる。
勿論名前は初めから怒っていないので、すぐに笑って頷いたのであった。
永倉「…で、お前。名前は?」
井吹「…井吹だ。井吹龍之介」
ここで逆らってもさらに拳骨が降ってくるだけだと察したのだろう。
永倉の問いに不本意そうな表情を見せながらも、その少年は自分の名前を名乗った。
井吹「…人に名前を聞くなら、自分から名乗るのが筋じゃないのか?」
せめてもの反抗だろうか。
再び原田達を睨みつける、井吹と名乗る少年。
しかし、井吹のその言葉には原田は怒らなかった。
原田「ほーう、俺らに道理を説くか。だが筋は通っているな、悪かった。俺は原田左之助」
永倉「俺は永倉新八だ」
素直に自分の非を認めた原田に驚いたのか、井吹は鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべている。
名前「私は近藤名前。よろしくね、分からないことがあったら何でも聞いてね」
井吹「あ、ああ。…で、礼ってのは誰に言やいいんだ?」
笑って自己紹介をした名前に、井吹は戸惑ったように頷いた。
そして彼の問いに、原田は呆れたような表情を浮かべる。
原田「おいおい、そんな顔で挨拶に行くつもりなのかよ。まずは顔を洗って、身なりをきちんとしてからだろ」
藤堂「井戸なら向こうだぜ、一緒に行ってやろうか?」
井吹「餓鬼じゃないんだから一人で行ける!」
井吹は感情の起伏が激しい少年のようで、ムキになったように声を荒らげると、ズカズカと大股でその場を去って行った。
そんな彼の背中を心配そうに見ているのは名前である。
名前「…大丈夫かなぁ」
永倉「彼奴が一人で行けるって言ったんだ、迷ったらその辺の奴に聞くだろ」
名前「う、うん…」
困ったように眉を下げて井吹の心配をする名前。
そんな彼女の頭を原田がぽんぽんと撫でる。
原田「新八の言う通りだ、彼奴もそこまで餓鬼じゃねえだろ。よし、散歩に行くぞ」
永倉「おっと、そうだったな」
藤堂「なになに、何処に行くんだよ?」
原田「ちょっと散歩にな。まあ、そろそろ夕餉だろうし遠くには行けねえから、その辺をな」
藤堂「おっ、じゃあ俺も行く!」
原田「名前、行こうぜ」
名前「う、うん!」
原田に背中を押されて、 名前は彼等とその場を後にする。
そして四人は、京の町へと繰り出したのであった…。
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