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─── 文久三年 三月某日。
名前達は突然、土方達によって隊規を突き付けられた。
所謂『局中法度』である。
そのほか、組織としての体制を整えるために、局長は芹沢と近藤と新見、そして副長が土方と山南というように役職が決まったらしい。
烏合の衆である浪士組を統率するには自ずと必要になってくるものであろうが、その法度の内容には些か問題があった。
「一、士道ニ背キ間敷事(武士道に背く行為をしてはならない)
一、局ヲ脱スルヲ不許(浪士組からの脱退は許されない)
一、勝手ニ金策致不可(無断で借金をしてはならない)
一、勝手ニ訴訟取扱不可(無断で訴訟に関係してはならない)
一、私ノ闘争ヲ不許(個人的な争いをしてはならない)
右条々相背候者切腹申付ベク候也(以上いずれかに違反した者には切腹を申し渡すものとする)」
違反者は即刻切腹。
謹慎でも追放でもなく、切腹なのである。
永倉「全く、馬鹿げた決まりだ。一体何考えてんだろうな」
原田「確かに、隊規にしては厳しすぎる」
突然隊規を言い渡されて、皆は困惑していた。
今まで共に切磋琢磨し合ってきた仲間が、突然皆を縛るような規則を叩きつけてきたのだ。
土方達が隊規に関して説明をしてくることはなかったため、無理も無いだろう。
永倉は酷く苛立っている様子であり、原田も土方達の意図が汲み取れないためか納得していないようだ。
沖田「近藤さんが必要と思っている決まりなら、僕は従うけどね」
藤堂「そりゃオレだって…。だけど、仲間をあんな法度で縛るなんて…」
斎藤「…これから入隊してくる者達の為にも、必要なのだろう」
藤堂「わかるけど…なんか思ってたのと色々違うよな…」
賛成、反対、中立。
試衛館の面々の中でも隊規に関しては意見が割れている。
藤堂「…なあ、名前はどう思う?あの法度」
藤堂の問いかけで、全員の視線が名前に移った。
縁側に腰掛けて洗濯物を畳んでいた名前は、その手を止めて少しの間考え込む。
名前「…確かに一君の言う通り、これから入ってくる人達を統率するためには厳しい規則も必要なんだと思う。だけど左之さん達の言う通り、組織内を縛るにはちょっと厳しすぎる気もする。でも、兄様達が意味も無くそんな事をするとも思えない…」
つまり、ここから導き出される結論は一つ。
名前「…だからあの法度は、私達じゃなくて…実際は芹沢さん達を押さえつけるものなんじゃないかな。島原でのごたごたがあった後だし…隊規っていう名目にでもしなきゃ、芹沢さん達も納得しないと思うし」
原田「…成程な。それなら土方さん達が何も言わずにあれを突きつけてきた事も合点がいく」
名前の推測を聞き、原田が納得したように息を吐いた。
その横では斎藤も頷いている。
名前「…まあ、推測したところでどうにもならないんだけどさ。規則なら従わなきゃいけないし」
永倉「ったく、まさか規則で道連れにされるとはなァ…」
名前「どっちにしろ土方さんなら作ってたと思うよ。あの人鬼だもん」
藤堂「おい、聞こえてたらどうすんだよ!また怒られるぞ」
名前「逃げるから大丈夫」
鬼は鬼でも、土方は優しい鬼だ。
いつだって彼が怒る時は、名前達への思いやりが篭っていた事を名前はよく知っている。
何故なら、誰よりも自分が土方に怒られているから。
彼の行動の根底には、必ず名前達の存在があるのだ。
土方のそんな一面をよくわかっているから。
名前は土方と口喧嘩はしても、彼を貶すような言葉は決して言わないのである。
こうして厳しい隊規を作ったのだって、芹沢の横暴を何とかしようとした結果だ。
土方は、仲間からの非難を受けることも覚悟しているのだろう。
全ては、名前達を守る為に。
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