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山南「…貴方は、山名宗全をご存知ですか?」
名前「…?はい。応仁の乱で西軍の総大将を務めた人ですよね」
山南「ええ。知っているのならば話が早いです。彼の残した言葉にこんなものがあります。『およそ例という文字をば、向後は時という文字にかえて、お心得あるべし』」
名前「…?どういう意味でしょうか」
山南「過去の例にとらわれず、その時に応じて対処することが重要だということです。これは応仁の乱の際、東軍と西軍どちらに組するか迷っていた公家に山名宗全が言った言葉です」
名前の無表情が解けた。
ぱちぱちと目を瞬かせ、不思議そうな顔をして山南を見上げている。
山南「確かに女性が幕府の為に仕えるというのは殆ど例がないかもしれません。ですが、先例が無いから駄目というのは、私はあまり好きではないのです。昔の慣例に盲目的に従うだけでは足元をすくわれます。新しいものを取り入れなければ」
名前「…温故知新、ですか」
名前の言葉に、山南はゆっくりと頷いた。
山南「ええ。特に土方君はその力に長けていると思います。彼は非常に合理的です。そんな彼が貴方を連れて来た。女性である、今のありのままの貴方を必要としているのです。土方君だけではなく、近藤さんも他の皆も、勿論私も。貴方を悪く言う人はいませんよ」
名前「…はい」
山南「大切なのは、"今必要とされていることは何か" です。先例にとらわれる必要はありません。貴方は、今を生きてください」
名前「…山南さん…ありがとうございます」
" 今を生きてください。"
山南のその言葉は、名前の心に深く刻み込まれる。
山南「それに、今に至るまでに女性だからこその苦悩もあったのではないですか?」
名前「…はい、たくさんありました」
山南「経験は知識に勝ります。どんな苦悩も、経験すれば貴方の血となり肉となる。その苦悩を乗り越えて此処にいる貴方は、以前よりも一回りも二回りも強くなっているはずです。ですから、女性であることを憂う必要はありませんよ」
名前「はい。ありがとうございます」
山南さんに聞いてよかった。
そう言って顔を綻ばせた名前を見て、山南は優しい笑みを浮かべた。
こんな風に山南と話し込むのはなんだか久しぶりな気がして、名前はすっくと立ち上がる。
名前「もっと山南さんとお話したいなぁ。お茶でも飲みませんか?」
山南「ありがとうございます。ですが今日はもう遅い。天気が良ければ明日にでもどうです?」
名前「あっ、いいですね!実はこの『日本外史』の事で色々聞きたくて。辞書を引きながら読んでるんですけど、私にはちょっと難しいんです」
目を輝かせてぴょんぴょんと飛び跳ねる名前の姿には、人を笑顔にする力があると山南は思う。
ふと山南は、沖田と斎藤が以前言っていた言葉を思い出す。
沖田は名前を「凄く温かい子」、斎藤は名前を「春のような人」だと言っていたのを耳にしたことがあった。
以前から名前を心優しい人物だとは思っていたが、彼らの言う彼女の「温かさ」を改めて山南は実感していた。
闇夜を照らすのが月と星ならば、彼女の明るさは太陽の光だろう。
山南「では、一緒に読みましょう」
名前「やった!ありがとうございます!」
おやすみなさい、と挨拶をしてその日は互いに部屋に戻った。
─── その後、天気が良く月明かりが降り注ぐ夜には、山南と名前が本を片手に話し込んでいる姿が時折目撃されるようになったという。
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