銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

(名前視点)


名前「 ─── もう少しだけ、此処に居させてください」


二人の遺体が運び出され、土方から「今日はもう休め」という指示を受けた。
しかし私は、その場に留まる事を望んだ。
総ちゃんの制止を振り切って、此処に残る事を望んだ。

……何も考えられなくて。
ただ、一人になりたかった。
有難いことに土方さん達は私の心境を察してくれたのか、何も言わずにその場を去ってくれた。

静まり返った空間に、私だけが残される。
先程までお梅さんが倒れていた場所は、血の海と化していた。
お梅さんの面影を、ただ黙って見つめる。

脳裏を過ぎるのは、お梅さんと談笑したあの日々。
彼女はもう、此処にはいない。
芹沢さんの望みを、お梅さんの望みを叶えるため。
兄様達の夢のため、新選組のため。
……この手で、殺してしまった。

いつものように切り替えられない。
皆のためだと、守るためだと割り切れない。
私は、罪もない人を殺した。
それも、大切な友人を。

本当に殺さなきゃいけない人だった?
何か別の道は無かった?
お梅さんが幸せになれる道は、他に無かった?
私は、間違っていたのかもしれない。
胸が痛い、喉が痛い。

全身が悲鳴を上げている。
体の底から這い上がってくるような黒い感情。
初めて自分を憎いと感じた。
他に道を探れなかった自分が、憎くて憎くて仕方なかった。
全てを吐き出してしまいたい。
この体を、この刀でズタズタに引き裂いてしまいたい ─── 。


斎藤「 ─── 名前」


突然名前を呼ばれ、驚いた私は弾かれたように振り返った。


名前「……は、じめく、……」


雨の中を走ってきたのだろうか。
ずぶ濡れの彼は、珍しく息を切らしている。
私の顔を見た一君の蒼い瞳が、大きく揺れたのが分かった。


斎藤「……名前」


静かに、優しい声で私を呼んでくれる。

今、一番会いたくて、だけど一番会いたくない人でもあった。
悲鳴を上げていて今にも壊れそうな私の心を、しっかり繋ぎ止めてほしくて。
だけど、彼の優しさを知ってしまっているから。
今まで何度も助けてもらったのに、その優しさに甘えてしまう自分が想像出来て、それが嫌で嫌で仕方なくて。


名前「……お願い……ひとりに、してほしいの……」


私は初めて、彼を拒絶した。
今、一君の優しさに甘えてしまったら。
私はきっと、その先を望んでしまうから。


名前「……い、ま……変なの、わたしっ……」


自分への憎しみ、お梅さんを失った悲しみ、一君への想い。
溢れ出る感情全てがぐちゃぐちゃになって、分からなくなった。


名前「……わ、たしっ……」


" 苦しいの 。"
それが言葉となる前に、腕を引かれる。

─── その刹那、鼻を掠めたのは一君の優しい香りで。
ガチャリ、と。
刀の柄同士がぶつかる音が、酷く大きく聞こえた。


名前「 ─── っ、!!?」


一瞬、何が起こったのか分からなかった。
背中に回された腕と、後頭部に添えられた手。
頬にはしっとりと濡れた着物が当たっていて、一君に抱き締められているのだとようやく気づく。

驚いて、思わず一歩後ずさった。
離れようと、震える手で咄嗟に彼の胸を押す。
だけど、それ以上の力で彼に引き寄せられた。
離さないと言われているのではないかと錯覚してしまうほど、強い力で抱き締められる。


名前「……な、んで……」


掠れた声で呟けば、僅かに一君の腕が緩んだ。
間違いなく今までで一番近い距離で、蒼い瞳と目が合う。
一君の顔に浮かぶのは、今まで何度か目にしたことのある悲痛な表情。
酷く切ない表情だった。

一君は何も言わずに、再び私を抱き締める腕に力を込めた。
細身だと思っていた一君の腕は意外にも筋肉質で、背中に回された腕は力強い。
その力強さに、酷く安心している私がいた。

後頭部を優しく押されて、一君の肩口に顔を埋める。
優しく不器用に頭を撫でてくれる彼の手は、雨のせいか酷く冷えきっていた。
同じように顔に当たる着物も冷たくて、だけど布越しに僅かに伝わってくる彼の体温は温かい。
駄目だとわかっていながらも体が言うことを聞かなくて、ついその温もりを求めてしまう。
彼の優しい温もりに縋るように、私は静かに目を閉じていた ─── 。

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