銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

九月十五日。

昨日土方が言っていたように、夜中に一部の幹部に招集が掛けられた。
招集を掛けたのは近藤、土方、山南。
集められたのは沖田と斎藤、原田、井上、そして名前。


土方「 ─── 明日、決行する」


行燈の光がゆらりと怪しく揺れ、土方の静かな声が響いた。


近藤「会津藩からの命を受けた。責任は全部、俺が取る」

土方「……皆、頼んだぞ。俺達が先に進むためには、どうしても避けては通れねえ道だ」


その言葉に、皆は静かに頷いた。

明日、芹沢を島原に呼び出して酒を飲ませる。
そして屯所に戻って来て寝入ったところに奇襲をかける。
土方から告げられたのは、そんな作戦であった。

それぞれに役割が与えられる。
島原に行って芹沢を見張る者と、屋敷の外で芹沢の部屋を見張るに別れるようだ。
名前に与えられた役割は、芹沢が寝入るまでは外で部屋を見張り、その後は土方達と合流して突入するというものだった。
恐らく、名前が島原へ行かなくてもいいように土方が配慮してくれたのだろう。

しかし話を聞いていた名前は、とある事を思い出し、「土方さん」と声を上げた。


名前「もしかしたら、芹沢さんの部屋にはお梅さんがいるかもしれません。どうやって逃がしますか」


土方の本紫色の瞳が、名前を捉えた。
それは鋭くも感情の読み取れないもので、名前は不安を覚えた。


土方「殺せ」


名前には、その声が酷く大きく聞こえた。


土方「女に罪はねえ。が、現場を目撃されちまう以上は生かしておくわけにもいかねえ。もし芹沢さんと部屋にいた場合は、殺せ」

名前「そ……そんなっ、待ってください土方さん。お願いします、何とかなりませんか」

近藤「……トシ、」


土方の言葉に、名前は体を小さく震わせた。
畳に額がつくほどの勢いで頭を下げ、お梅を助けてほしいと必死に懇願する。
そんな名前を見兼ねたようで、近藤が土方に声をかけた。
何とかしてやれないか、と請うような声だった。

……しかし。
土方が、首を振ることはなかった。


土方「副長命令だ、名前。分かったな?」

名前「っ!!」


その声は、残酷な程に冷たい。
土方が名前にこんな物言いをするのは初めてだった。

新選組が前に進むため、土方達は信念を貫く。
その為に、道を塞ぐ者は誰であっても切り捨てる。
そこに、名前の私情は必要とされていない。
他者への同情や執着は、時として信念を鈍らせるからだ。

そして名前の追い求める道は、近藤と土方の手足となって尽くすこと。
その為ならば何でもすると、自分の刀に誓った。
そんな名前には、命令を断ることなど出来なかったのである。


名前「……分かりました」

土方「……それでいい」


消え入りそうな声で了承すれば、土方は静かに頷いた。
しかし彼の声色は、決して満足気ではない。
寧ろ、悲痛なものに近かった。
顔を上げた名前の瞳に一瞬映ったのは、微かに悲しげな色を浮かべる本紫。
しかしそれに気づいた時には、既にその色は消え去っていた。

そして重苦しい空気が漂ったまま、その場は解散となったのである。

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