銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

料亭へと突入した土方達は片っ端から部屋の襖を開けていき、即座に新見が潜伏していた部屋を探し当てた。


新見「ひ、土方!!」

沖田「居ましたね」

土方「こんな所で何やってんだ?新見さん」


部屋には明らかに動揺した表情を浮かべる新見と、その他に尊攘派と思われる浪士が二人。
そして新見の手には、見覚えのある小瓶が握られている。


新見「どうして此処に……。わ、私に何かしたら、芹沢先生が黙ってはいませんよ!?」

土方「芹沢先生だァ……?」

沖田「その薬を尊攘派に渡すのは、芹沢さんの指示なんですか?」


土方は新見の言葉がいちいち癪に障って仕方がないようで、鬼のように目を吊り上げている。
すると、様子を窺っていた浪士達が立ち上がった。


「何ぜよ、おまんら!!」

新見「……新選組だ」

「何、壬生狼!?」


新選組という言葉を聞いた途端、浪士の内の一人が刀に手をかける。
しかしその男が刀を抜くよりも速く、土方のすぐ横を白刃の煌めきが走った。


沖田「……やれやれ。そんなに死に急がなくでいいのに」


浪士に刀を抜く隙も与えずに斬り殺したのは勿論沖田である。


「お、おまんらああああっ!!!」


逆上して斬りかかってきたもう一人の浪士を土方が簡単に受け流せば、その後ろに立っていた斎藤が一撃で仕留めた。
あっという間に絶命した二人を見て、新見は酷く焦ったような顔で土方達を睨みつける。


新見「こ、この……正常も弁えぬ愚か者が!私に手を上げたら、ただでは済まんぞ!!」

土方「……言いてえ事はそれだけか?」


土方が足元にあった膳を蹴飛ばして詰め寄れば、新見は息を飲んだ。
しかし、その直後。


新見「 ─── っく!!」

土方「何っ!?」


新見が、変若水の入った小瓶を仰いだ。
即座に反応して斬りかかった土方だが、僅かに出遅れてしまったらしい。
土方の振りかざした刀は、目にも止まらぬ速さで引き抜かれた新見の刀にぶつかった。
刀越しに睨み合う新見の瞳は紅に、髪は白く染まっている。
彼は羅刹と化していた。

土方の刀は新見の脅威的な力で跳ね返され、立て続けに振り下ろされた刀を土方は何とか躱す。
斎藤が鋭い連続の突きを奴に放つが、それもいとも簡単に躱されてしまう。
そして最後の突きで何とか仕留めたかのように見えたが、斎藤の刀が突いたのは壁であった。


沖田「一君っ、上!!」

斎藤「っ!!」


羅刹となった新見は脅威的な身体能力で天井に張り付いていたのである。
斎藤に壁に突き刺さった刀を抜く暇を与えず、新見は飛び降りてきて刀を振り下ろした。
その攻撃を斎藤は何とか躱し、即座に脇差を抜く。

その斎藤を庇うように新見に向かっていったのは沖田である。
しかし刀がぶつかり合った瞬間に腕を掴まれ、彼の体は畳に強く叩きつけられた。
そして、新見の刀が沖田に狙いを定めて勢いよく振り下ろされる。


沖田「っく、!!」

土方「総司っ!!!」


土方が咄嗟に新見の背後へ斬りかかる。
しかし新見は、土方を軽々と飛び越えてその攻撃を避けてしまった。
間一髪で沖田か斬られる事は免れたが……なんという身体能力だろう。


新見「ふっ、遅い遅い。まるで子供の素振りだな」


そう言った新見は、しっかりと土方達を認識している。
今までの羅刹のように、血に狂ってる様子はない。


土方「羅刹になっても理性を保てるのか……!」

新見「言ったろ?私に手を上げたら、ただでは済まさぬと!」


そう言い放った新見は不敵な笑みを浮かべている。
薄暗い部屋の中で、赤い瞳がぎらりと光っていた。


沖田「……気に入らないよね。僕ら三人掛かりなのに、あんな人に劣勢っぽいって。笑えないですよ」


そう言って土方の後ろで倒れていた沖田がゆっくりと立ち上がった。
そんな沖田を見て、新見は鼻で笑った。


新見「これが羅刹の力だ。新たな時代はこの技術を手にした者に与えられる!長州も薩摩も土佐さえも、それはそれは欲していたぞ?」

土方「……で、どこに売った?」

新見「せっかく其奴らがいい条件を提示してきたというのに、お前達が台無しにしてくれた」


そう言って新見は土方達から目を離し、既に息絶えた浪士へと視線を移す。
その一瞬を見逃す土方達ではない。
土方は沖田に目配せをし、さらにそれを察した斎藤と共に、三人同時に斬りかかっていった。

しかしそれに瞬時に反応した新見は、最初に斬りかかってきた斎藤を力いっぱい殴り飛ばす。
斎藤は襖ごと吹っ飛ばされ、隣の部屋に倒れ込んだ。
一方、間髪入れずに斬りかかっていった土方は腹に拳を食らわされ、さらには鋭い回し蹴りを見舞わされた。
羅刹になって増強された新見の力で蹴り飛ばされた土方の体はいとも簡単に吹っ飛び、そのすぐ後ろにいた沖田諸共、壁に叩きつけられてしまう。
鈍い痛みが全身を駆け巡り、土方と沖田はズルズルと床に倒れ込んだ。


新見「ははははは、まるで相手にならんなぁ!!」


高笑いをする新見に、土方は激痛を堪えて歯を食いしばる。
認めたくはないが、新見に軽くあしらわれているのが現状であった。
沖田と斎藤という新選組の中でも飛び抜けて剣の才覚のある者達をもってしても、全く歯が立たない。
何か策を講じなければ、土方達の体力が消耗されるばかりで益々不利になるだけだ。

何か……何か、策を。
痛みを堪えながら、回らない頭で土方は必死に打開策を探る。

─── その時である。
突如迫ってくるもう一人の足音と、新見の背後に現れた人影。
そして、

─── ドスッ……!!

臓器を貫く鈍い音と、新見の体を貫いた白刃の鋒、大量に飛び散る血飛沫。
全てが同時に起こり、そしてそれは一瞬のことであった。
そして ─── 。
事切れてどさりと倒れた新見の背後に立っていたのは。


土方「……名前……」


大量の返り血を浴びて赤く染った名前。
ゼェゼェと息を切らした名前は新見の死を確認すると、急いで土方達の元へと駆け寄ってきた。


名前「土方さん、総ちゃんっ!!」

土方「…あ、ああ。大丈夫だ、すまねぇ」

沖田「僕も平気だよ」

名前「一君はっ……!?」

斎藤「……ああ、俺も問題ない」


不安で堪らないといった表情を浮かべていた名前だが、土方達の無事を確認すると、へなへなとその場に座り込んだ。
安堵のあまり、力が抜けたらしい。


名前「……よかった、間に合って……無事でよかった……」


名前の声は、微かに震えていた。
彼女がこれ程不安を露わにするのは珍しい。
土方は手拭いを取り出すと、名前にべっとりと付着した返り血を軽く拭う。


土方「名前……すまねぇ」


まさか名前に助けられる事になるとは思いもしなかった。
また一つ、彼女に重たいものを背負わせてしまった。
その罪悪感は、役者のように整った土方の顔を歪めた。
彼が人にはあまり見せない、苦痛の表情だった。


名前「……大丈夫です」


土方の思考を感じ取ったのだろうか。
血に染まりながらふわりと笑った名前は静かで、酷く儚かった。

─── 新見の死は、表向きは隊規違反による切腹と伝えられた。
秋も深まった、九月十三日の事であった。

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