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新見と綱道が行方を晦まして半月程が経ってから、ようやく信憑性のある情報が入った。
先日、田中伊織という男が島原で尊攘派の浪士と酒宴を開いたという。
田中伊織は「攘夷実行の切り札がある」と言っており、その声や話し方が新見に似ていたらしい。
それに伴うように、最近妙な辻斬りが市中で起こっているという報告があった。
なんでも、遺体からは血がほとんど失われているという。
─── そして、九月十三日。
名前と沖田、斎藤は新たな情報を得て、土方の元へ報告に行っていた。
土方「其奴は確かに羅刹なのか?」
斎藤「はい。恐らく失敗して制御出来なくなった為に殺したものと思われます」
名前達が三人で新見の捜索に走っていたところ、河原で死体が発見されたという現場に遭遇した。
その死体の容姿や、心臓を貫かれているという殺害方法から、その人物が羅刹であると判断したのである。
どうやら名前達が懸念していたことが現実になったようで、新見は変若水を浪士に飲ませて実験をしているらしい。
沖田「どうします?土方さん」
沖田が指示を仰ぐが、土方は険しい表情で考え込んだままだった。
新見の居場所が分からないのでは、羅刹の出現を止めようがないのである。
しかしそこへ、「副長」と障子戸越しに声がかかる。
山崎であった。
そして彼から、とうとう決定的な情報がもたらされた。
山崎「たった今市中の監察方より、新見と思しき人物が田中伊織と名乗り、祇園新地の 『山緒』という料亭に入ったとの知らせを受けました」
名前がハッとして山崎を見るのと同時に、土方の目が鋭く光る。
土方「総司、斎藤、名前。行けるな?」
土方の視線を受け、三人は頷いて立ち上がった。
土方「室内での捕物となりゃ、大勢で行っても意味がねえ。俺達だけでやるぞ」
斎藤「わかりました」
沖田「とっとと済ませちゃいましょ」
そうして名前達は手早く準備を済ませ、山崎の案内に従って料亭へと向かう。
目的の店に着くなり、土方は手早く指示を出した。
土方「山崎、名前。お前らは裏に回れ」
山崎「わかりました」
名前「はい」
土方「総司、斎藤。行くぞ」
名前と山崎は裏口での待機を命じられた。
もし新見が逃げ出した時のための捕獲要員だろう。
しかし、名前の胸の内にはモヤモヤとした言葉にし難い不安のようなものが渦巻いていた。
自分でもよく分からないが、何だか嫌な予感がするのである。
名前「っ、土方さん!」
土方「なんだ?」
名前「……私も、行っちゃ駄目ですか」
料亭へ突入しようとした土方を、着物の袖を掴んで引き止める。
一瞬眉を寄せた土方であったが、名前の縋るような瞳を見て何かを察したらしい。
土方「……四半刻だ。四半刻経っても俺達が戻らなかったら、お前も加勢に来い」
名前「っ、はい!ありがとうございます!」
気をつけて、という名前の言葉を背中に、土方達は料亭へと入って行く。
名前と山崎は指示通りに裏口を固めるようにして待機していると、暫くしてから料亭の中で剣戟音が鳴り始めた。
音の鳴っている二階を、山崎は少し焦ったような表情で見上げている。
名前「……山崎さん」
名前が声をかけると、山崎は一緒驚いたような表情になり、しかしすぐにいつものような引き締まった表情になった。
山崎「……ああ、わかっている。自分の役目はあくまで『監察方』であり、前線で戦うことでは決してない」
だが、と彼は視線を落として言葉を続けた。
山崎「だが、それでも……命を懸ける場で、あの人と共に戦えたら。……そう思わずにはいられないんだ。これから先も、俺はそんな気持ちを常に抱えていくことになるんだろう」
名前が驚いて山崎を見れば、山崎は再び料亭の二階を静かに見上げていた。
名前は、まさか山崎がそんな思いを抱えながら仕事をしていたとは思わなかったのである。
名前「山崎さんは……土方さんを、凄く尊敬してるんですね」
切迫した状況だというのに、口を衝いてそんな言葉が出た。
しかし山崎は名前を咎めることはなく、しっかりと頷く。
山崎「ああ。俺は何があっても、あのお方について行く」
そう言った山崎の瞳は、どこまでも真っ直ぐであった。
それを見た名前は、小さな笑みを浮かべた。
名前「私もです」
そう言って名前は表情を引き締めて、山崎と同じように二階を見上げる。
その瞳には、強い光が宿っていた。
山崎「……ああ、よく知っている」
山崎は、一瞬だけ表情を和らげて名前に見やり、すぐに視線を戻した。
中では未だ、激しい剣戟音が鳴り響いている……。
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