銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

名前「 ─── これは酷い……」


目の前の惨状と焦げ臭い匂いに、名前は眉を顰めた。


土方「検分が終わるまで人を近付けるな」

「承知致しました」


部下に指示を出した土方が険しい表情で見やるのは、真っ黒に焦げて半壊した小屋であった。

今朝日が昇る前、雪村綱道が寝泊まりしていた診療所で火事があった。
火元は未だ調査中である。
名前は眠っていたところを土方によって叩き起され、検分に駆り出されたのであった。
しかし、名前達の表情が険しい理由は他にあった。


名前「どういうことですかね……」

山南「ええ、遺体が見つかっていないとは……」


昨晩綱道は、確かにこの小屋にいたはずである。
しかし、綱道らしき遺体は見つからなかった。
使用していた実験道具や家具を残したまま、彼は行方を晦ましてしまったのである。

そして小屋に残されていた物はほとんどが燃えてしまっている。
羅刹に関する資料もだ。


土方「ったく、一体どうなってやがる……」


また厄介な問題が増えた、とばかりに土方は溜息を吐いた。


名前「……ん?」


一方で、何か手がかりになりそうな物はないかと視線を走らせていた名前の瞳に、とある物が映った。
名前が拾い上げたのは、文と御守りである。


名前「……雪村、千鶴……」


その文には、江戸の住所と名前が書かれていた。
半分以上が燃えてしまっていたが、この火事で全て焼けなかったのは奇跡に近いだろう。


山南「何かありましたか」

名前「はい、文が。奥さんか……娘さんでしょうか」

土方「文か……よく残ったもんだな」

山南「今後何かに役立つかもしれません。私の方で保管しますから、丁寧に取り扱ってください」

名前「わかりました」


どうにも不審な点が多い火事であった。
その後も検分を続けた名前達だが結局それ以上の手がかりは見つからず、撤退せざるを得なかったのである。


*******


近藤「 ─── それで、綱道さんの行方は……」

土方「わからねえ。遺体は見つかってねえから生きている可能性もある」


八木邸へ戻った名前達は、近藤に報告を行っていた。
そのまま局長と副長の話し合いになりそうだったので席を外そうとした名前だったが、それを土方が引き止めた。
それ故に、名前は話し合いに参加する事になったのである。


山南「彼は此の所頻繁に屯所に出入りしていました。我々との関係が疑われて、尊攘派に襲われた可能性もあります」

近藤「……成程」


山南の推測に近藤が頷く一方で、名前は眉を顰めた。


名前「……だとしたら、かなり拙くないですか?変若水のことが外部に漏れているかも……」


名前の指摘に、山南は苦い顔で頷く。


山南「ええ。ですから早急に調べる必要があります」

土方「そうだな……兎に角、綱道さんを探すのが最優先だろうぜ」

名前「はい」


巡察の強化の他に、綱道についての聞き込み調査も加わりそうだ。
すぐに見つかるといいが、と名前は小さな溜息を吐く。

すると土方が、「ところで近藤さん」と話を切り替えた。


土方「芹沢さんの事なんだが……会津藩からの命令はどうするつもりだ?」

近藤「……うむ」


途端に近藤と山南の表情が険しいものになった。
一方で、きょとんとしているのは名前である。


名前「会津藩からの命令?なんですか、それ」


しまった、と顔を引き攣らせたのは土方であった。
どうやら近藤と土方と山南だけで事を進めるつもりだったようで、名前が首を突っ込んだのは拙かったらしい。
名前はジトリとした視線を土方に向けた。


名前「だから言ったじゃないですか、席外しますよって」

土方「うるせぇな……お前もお前で溶け込みすぎなんだよ」

名前「なっ、なんですかその理不尽な責任転嫁は!?」


どうやら名前があまりにもこの空間に馴染みすぎていて、近藤達三人の内密事項であった事を土方は忘れてしまっていたらしい。
ボソリと呟かれた小言に名前は目を剥くが、山南と近藤が苦笑いを浮かべて二人を宥める。


山南「まあ、いずれ皆さんにも伝えなければならない事ですし……」

近藤「ああ、そうだな。名前、気にする事はない。そのまま聞いてくれ」

名前「……わかりました」


名前が上げかけた腰を静かに下ろせば、近藤が事情を話し始めた。


近藤「……実は会津公から、また最近の芹沢さんの行いを咎められてな。どうにかしろと命じられているんだ」

名前「なるほど……でもどうにかしろって、どうするんです?」

近藤「うむ……」


どうやら未だ結論は出ていないらしく、近藤は険しい顔で考え込んでしまった。


山南「……いっそ局長職を辞してもらってはどうです?」

土方「んな事、あの人が納得するはずねえだろ」


この点に関しては名前も土方に同意である。
今までにあれほどの横暴を働いてきた芹沢が、この提案を受け入れるとは到底思えない。

すると、何か考え込んでいた近藤が顔を上げる。
その表情は、決意に満ちたものであった。


近藤「……俺が、芹沢さんと話をしてみよう」


その言葉に、土方は苦い顔を浮かべる。


土方「おいおい、話し合いなら今まで何度もしてきたじゃねえか。その度にぶち壊しにしたのはあの人なんだぜ?」

近藤「……だが、志を同じくして上洛した同志なのだ。義を尽くして説明すれば、わかって下さるはずだ」


正直、名前としてもあの芹沢が話し合いに応じるとは思えなかった。
しかし芹沢を説得するとなると、その役目は同じ役職の近藤にしかできないだろう。

一先ず芹沢のことは近藤に任せることになり、その場は解散したのである。

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