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その日の宴は大盛り上がりであった。
ようやく会津藩という大きな後ろ盾を得られたのだから、喜ぶのは当然だ。
それはもう今までとは比にならない程のどんちゃん騒ぎであり、流石に朝までは付き合い切れないと判断した井吹は頃合いを見て前川邸へと戻って行った。
それに気づいた名前は、永倉達の酷い絡み酒でろくにご飯を食べられなかった井吹に何か食べ物を持って行ってやることにした。
握り飯を持ってこっそりと部屋を抜け出し、前川邸へと向かう。
前川邸は、八木邸とは対照的に静まり返っていた。
芹沢に見つかって絡まれる事だけは回避したい名前は、物音を立てずにそろそろと屋敷へ上がり込む。
?「 ─── 名前さん?」
突如背後から声が聞こえ、名前はぎょっとして振り返った。
しかしそこにいた人物を見て、驚いて目を見開く。
名前「えっ、お梅さん!?」
梅「こんばんは」
会釈をしてふわりと優しげな笑みを浮かべるのは、お梅であった。
名前「こんばんは!どうかしたんですか?こんな遅くに……」
名前の問いに、お梅は困ったように目を伏せる。
梅「……実は ─── 」
ふっくらとした唇から静かに語られたのは、菱屋を追い出されたという内容だった。
未だ芹沢から金を払ってもらえず、菱屋の亭主に見限られてしまったのだという。
名前は土方や近藤に、芹沢に支払いを促してほしいと再三頼んでいる。
土方達が芹沢の横暴を聞いて、見て見ぬ振りをする筈がない。
つまり、金を払わないのは完全に芹沢の独断なのである。
芹沢は一体何を考えているのやら。
そして、お梅がその犠牲になってしまうなんて。
悔しさと申し訳なさで、名前はギリッと唇を噛んだ。
梅「……そんなお顔、せんでくださいな」
スッとお梅の白い指が名前の頬に触れて、名前の顔をほんの少し上げさせる。
名前「だけど、私たちのせいで……本当にごめんなさい」
梅「あんさんが謝ることやありまへん。うちなら平気どす」
名前「でも、」
梅「ほんまに平気なんどす。あの人が、此処に居ても良いと言うてくれはりましたから」
名前「……え、?」
食い下がった名前を、お梅は穏やかな声で宥めた。
しかしその内容に、名前は目を瞬かせる。
あの芹沢が、お梅が傍に居ることを許したというのか。
名前「……そう、だったんですか。でも、どうして……」
梅「さぁ……ようわからんお人やわ、此処に居ればいつでも自分を殺せる言うて。なんで自分を殺そうとした女を、傍に置けるんやろなぁ」
芹沢がお梅を傍に置くことにした。
そしてお梅は、芹沢を殺そうとしていた。
明かされた二つの事実は衝撃的なもので、名前は面食らっていた。
そんな名前を見て、お梅は困ったように微笑んでいた。
梅「……せやから、お邪魔させて頂いとりました」
名前「あ……そうだったんですね。じゃあ、これからは此処に?」
梅「……あの人が許して下さる限りは、そうさせてもらおうと思てます。勝手にすんまへん」
深く頭を下げたお梅を見て、名前は慌てて首を横に振った。
名前「いえ、そんなに謝らないでください!元はと言えば悪いのは此方ですし……それに、これからはすぐにお梅さんに会えるんですね!嬉しいです!」
梅「……そう言ってもらえると嬉しいわぁ。うちも名前さんが居てくれはるのなら安心どす」
名前の言葉は本心からくるものであり、それはお梅にも伝わったらしく、お梅は安堵の表情を浮かべた。
そしてお梅の柔らかな眼差しと優しい声は、いつも名前の心を癒す。
名前「……あっ、そうだ。すみません、実は私、龍之介に用事があって」
梅「まあ、そうどしたか。呼び止めてしもてすんまへん」
名前「いえ、そんな!お会いできて嬉しかったです」
お梅は名前にとって唯一の女性の友人である。
そんな彼女とこれから同じ場所に住めるというのは、名前にとっては非常に嬉しいことであった。
男所帯に慣れてはいるものの、自分と同じ女性がいるというだけで安心感が増す。
名前「たまに遊びに来てもいいですか?」
梅「ええ、勿論。お待ちしておりました」
名前「やった!ありがとうございます!じゃあまた今度!」
梅「ええ」
ぴょんっと飛び跳ねて喜ぶ名前を、お梅は穏やかな眼差しで見ていた。
別れた後の名前の足取りは、井吹に「何かあったのか?」と聞かれてしまう程に浮かれていたのである。
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