銀桜録 黎明録篇 | ナノ


3

翌日。
昼間、浪士組の隊士達は広間に集められていた。


近藤「皆、先日はよくやってくれた」


そう切り出した近藤は、いつも以上に生き生きとした表情であった。


近藤「会津公は我々の働きを高く評価し、今度は正式に京の見回りを任せたいと仰っている」

永倉「へえ!そりゃすげえなぁ!」

原田「これで、巡察も随分やりやすくなるな」


隊士達が目を輝かせる一方で、名前はほっと息を吐いていた。
近藤達の苦労が、これでようやく報われるのだ。
名前にとっては嬉しさよりも、安堵の方が大きかったのである。


近藤「そして大変名誉な事に、会津公から新しい隊名を拝命した! ─── "新選組" だ!!」


会津公から頂いた、新しい名前。
新たに選ばれた組で、"新選組" 。
途端にその場には歓声が湧き上がった。


沖田「新選組……」

斎藤「……それは、どのような由来があるのですか」

近藤「うむ。何でも、この名前は会津藩の方々が考えてくださったらしいんだが…約九十年前、会津藩の軍編成の中にあった組織なんだそうだ。その隊は武芸に秀でた藩士の子弟から選抜されることになっていたらしくてな」


元は武芸に秀でた者達が募る組織に付けられていた名前。
それを浪士組に与えてくれたということは、つまり。


近藤「我々浪士組は、その隊名を継ぐのにふさわしい組織だと思ってくださっているということたろう。この信頼に応えられるよう、より一層隊務に励まねばな!」


遂にここまで来れたのだと、隊士達の喜びの声でその場は満たされた。
皆張り切ったように生き生きとした表情をしている。


藤堂「なんだか身が引き締まるなあ!なぁ、名前」

名前「うん!」


隣に座っていた藤堂の言葉に、名前は笑って頷いた。
そしてその反対に座る斎藤をそっと見やれば、彼は藤堂とは異なり無言のまま俯いていた。
しかしそれが落ち込んでいるのではなく、喜びを噛み締めているのだということくらい、容易にわかる。


名前「よかったね、一君」


そっとその顔を覗き込んで声を掛ければ、斎藤は少し驚いたような表情で名前を見た。
しかしそれも一瞬の事で、名前に向けられた視線は柔らかなものになる。


斎藤「……ああ」


返ってきた返事はたった一言であったが、そこにはこの上ない喜びが込められていた。


藤堂「こんなにめでてえ日はそう滅多にねえよなぁ!土方さん、どうだ?久々にパーッと!!」

土方「ああ。今夜は皆で祝うとするか」

永倉「よっしゃあ!」

原田「そう来なくっちゃな!!」


どうやら今晩は宴らしい。
これは相当忙しくなりそうだ。
しかしそれは名前にとっては嬉しいもので、盛り上がる皆を横目に名前は顔を綻ばせたのである。


******


その日の夕方。

名前は井吹と共に、今晩飲む酒を買いに行っていた。
あの酒飲み達が全員で宴会をするのだ、相当な量を買い込まねばならない。

大量の酒を買い込んだ、その帰り道。
二人の会話の内容は、必然的に "新選組" という名前についての話題となる。


井吹「皆、嬉しそうだったな。確か、武芸に秀でた者が属する由緒正しい名だったか?」

名前「うん。凄く光栄なことだし、そりゃ嬉しいだろうなぁ」


少し遠くを見つめながら語る名前。
そんな彼女を、井吹は不思議そうな顔で見つめた。


井吹「……あんたは、そんなに嬉しくないのか?」

名前「えっ!?いや、物凄く嬉しいよ!勿論こんな立派な名前を頂けたことも嬉しいんだけど……」

龍之介「……けど?」

名前「……それよりも私は、今までの皆の苦労がやっと報われたことが嬉しくて。ずっと、皆を見てきたから」


どうにか会津公に応えようと奮闘する皆を、名前はこの目で見てきた。
自分も剣を握り、そんな皆と共に過ごしてきた。
皆の苦労や痛みは、誰よりもわかっているつもりだ。


井吹「そうか……。だが、皆だけじゃなくてあんたもいつも頑張っているじゃないか。頑張って、皆を支えているじゃないか」

名前「……そう、かな。私、皆の役に立ててるかな?」

井吹「当たり前だろ。あんたも新選組の一員だし、皆のあんたへの信頼は相当なものだと思うが?」

名前「……そっか」


井吹は感情の起伏が激しいが、裏表の無い性格である。
感情表現が豊かでありながら何処か大人びている名前とは波長が合うらしく、井吹は名前に対して嘘を付くことは絶対に無く、いつも本音で話している。
それを分かっているからこそ、名前は安心したような笑みを浮かべた。


名前「……ありがとう。そう言ってもらえると凄く嬉しい」

井吹「ああ」


名前が井吹に向かって微笑めば、彼も笑顔を返してくれた。
その後も他愛ない会話をしながら、二人は帰路をのんびりと歩く。

そして、八木邸へと着いた時。
門の前で、見覚えのある背中が真剣な眼差しで何かを見つめていた。


名前「……一君?」

龍之介「どうしたんだ?そんな所で」


門の前で佇んでいるのは斎藤であった。
彼の視線の先にあるのは、"松平肥後守御預 新選組宿" と書かれた看板。
名前達が声をかければ、斎藤は静かに振り向いた。


斎藤「……まさか自分がこのような名の元に武士としての務めを果たすことになるとは、思いもよらなかったものでな」

井吹「そうか?お前の剣の腕なら十分だと思うが?」


井吹の言葉に、斎藤は僅かな笑みを浮かべる。
穏やかな笑みだった。


斎藤「この新選組という隊名は、会津藩の方々が付けてくだった。しかも、武芸に秀でた藩士が属する由緒正しい名を、だ。我々のような何の後ろ盾もない集まりにこのような素晴らしい名を……俺は会津公の為なら命を落とすことも厭わぬ。そのような気分になった」


そう言って感慨深げに看板を見上げた斎藤の蒼い瞳は、天高く澄み渡る空のようにどこまでも真っ直ぐだった。
そんな彼を見て、名前もにこりと穏やかな笑みを浮かべて頷く。
しかしそれとは対照的に、何やら浮かない顔をしているのは井吹であった。


井吹「……なあ、」


と、井吹が何か言いかけた時である。


藤堂「 ─── あ、いたいた!宴会が始まっちまうぞ?早く来いよ!」


門の影からひょっこりと現れたのは藤堂である。
どうやら戻りの遅い名前達を探し回っていたらしい。


名前「あ、ごめんごめん!お酒いっぱい買ってきたよ!」

藤堂「おっ、ありがとな!重いだろ、貸せよ」

名前「あっ、ありがとう!」


「行こう!」と名前は井吹と斎藤に手招きをしつつ、わいわいと騒ぎながら名前と藤堂は門を潜る。
しかし斎藤は名前ではなく、ちらりと井吹の方を見やった。


斎藤「……何か言いかけたか」

井吹「えっ?ああ、いや……なんでもないよ。それより、早く行こう」

斎藤「……そうか」


井吹は慌てたように首を横に振り、名前達の後を追う。
井吹の背中を少しの間見つめていた斎藤は、少し遅れてゆっくりと八木邸へ戻って行ったのであった。

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