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隊列を組み、御所へと到着した名前達。
しかしそこで思わぬ事態が起きた。
「その方共、何者だ!此処は恐れ多くも禁裏の御門だぞ!」
「不逞の輩は速やかに立ち去れ!!」
門番をしていた藩兵に呼び止められ、罵声を浴びせられる。
その言い草に、隊士達は困惑する者や目を剥く者が殆どであった。
藤堂「ふ、不逞の輩って何だよ…!?オレ達はその会津の命令でここに来たってのに…!」
近藤「彼、藤堂君の言う通り、我々はあなた方の藩の公用方の命令でここに参った壬生浪士組の者です。手間を取らせて申し訳有りませんが、公用方に確認を取って頂けませんか」
目を吊り上げる藤堂に対し、近藤は冷静な口調で折り目正しく告げた。
しかし、藩兵は眉を顰めるばかりであった。
「ふん、嘘を申すな!そのような命令は受けておらぬ。壬生浪士組などという名前も聞いたことがないな。急ぎ立ち去れ!」
土方「なんだと……!?」
名前「もしかして、話が通ってないのかな……」
斎藤「ああ、その可能性が高いな。我々はまだ無名だ、藩の中には浪士組を知らぬ者もいるのだろう」
名前が小声で斎藤に尋ねれば、斎藤も小さく頷いた。
その表情は些か険しい。
一方で近藤と土方は藩兵に確認を促しているが、聞き入れてもらえる様子はない。
「しつこい!!そのような命令は受けておらぬ、即刻立ち去れ!!」
名前「なっ、……!?」
遂にはその藩兵は近藤に槍の矛先を向けた。
それまで様子を見守っていた名前も、即座に目を吊り上げる。
相手が役人だろうが、尊敬して止まない兄の近藤を侮辱されて黙っていられるほど名前は大人ではない。
今にも飛び出して行きそうになった名前を瞬時に抑えた斎藤と藤堂。
しかしそれとほぼ同時に、バシッという鈍い音が響いた。
芹沢が近藤に向けられた槍を、己の鉄扇で弾き返したのである。
「貴様……今、なにをしたかわかっておるのか!貴様のような得体の知れぬ浮浪の者が御所警備の任についている我らが会津藩の ─── 」
芹沢「ええい、やかましい!!さっさと公用方に確認を取れと言っておるだろうが!俺は尽忠報国の士、芹沢鴨!会津藩お預かりの浪士集団、壬生浪士組の局長筆頭だ!この俺や、俺の同志に槍を向けたからには即刻斬り殺される覚悟はできているのだろうな!?」
雷の如く轟いた芹沢の声。
役人ですらも一歩後ずさりするほど痺れた空気と迫力に、一瞬息をするのも忘れてしまう。
何人をも恐れず、己を貫くその姿勢。
浅葱色の背中から伝わるその威厳は、本物の武士のものであった。
そしてこの直後に会津藩の公用方がやって来て事態は収集し、ようやく浪士組は門を通る事を許されたのである。
御所に入った浪士組には、公用方から京都守護職軍用の黄色い襷が配られた。
言われるがまま襷を締める名前であったが、その隣にいる斎藤はなかなか締めようとしない。
名前「一君、締めないの?」
名前が疑問に思って尋ねれば、斎藤は手にした襷を見つめながら口を開いた。
斎藤「これを託してくださったということは、我々を守護職軍の一員として認めてくださったということだろう。どのような気持ちでこれを渡してくださったのかと思うと……不用意に締めるのがためらわれてな」
名前「……そっか」
斎藤の蒼い瞳には、喜びと敬意がはっきりと浮かんでいた。
口調も感慨深げである。
そんな斎藤を見ていた名前にも、自然と笑顔が浮かんだ。
名前「嬉しそうなところ悪いけど……そろそろ行かなきゃ」
斎藤「ああ、そうだな」
襷を締めた斎藤と共に、名前は土方達の後を追った。
─── これは後に "八 ・ 十八の政変" と呼ばれるようになる、長州藩を朝廷内から一掃する為に会津藩と薩摩藩が起こした事件であった。
この騒動により長州藩は御所警備の任を解かれ、京を追われることになる。
同時に長州寄りであった公家達も失脚し、京に滞在していた長州藩兵約二千名に守られながら、妙法院から長州へと七卿落ちすることとなったのであった。
しかし、油断はできない。
過激で急進的な長州藩が簡単に引き下がるはずがないからだ。
浪士組は今まで以上に、市中見回りに力を入れることになったのである。
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