銀桜録 黎明録篇 | ナノ


1

─── 文久三年 八月十八日。

まだ早朝だというのに、少々蒸し暑い。
未だ京の気温には体が慣れていないらしい。
そんな中、名前は藤堂と共に朝餉の支度をしていた。


藤堂「名前ー、これでいいか?」

名前「うん、大丈夫!あとは少し煮込んで終わりかな」

藤堂「おう。ああ、腹減った!」


名前が副菜を盛り付け、藤堂は味噌汁を掻き混ぜていた。
藤堂の言葉と共に、彼の腹はギュルギュルと大きな音を立てる。
「元気そうだね」と名前が笑った、その時であった。

─── ドオォォォンッ……!!


名前「うわっ……!?」

藤堂「うおっ!?」


突如、聞き慣れぬ轟音が空気を震わせた。
ぎょっとして声を上げた名前だが、それは藤堂も同じであった。


名前「何、今の音…!?」

藤堂「なんか、砲撃音みたいじゃねえ!?」


胸騒ぎを覚えて二人で顔を見合わせたのも束の間、先程の音がもう一度轟く。
それは藤堂の言う通り、砲撃音のようだった。
明らかに只事ではない。


藤堂「名前、一旦広間に行かねえか!?皆も集まってるかもしれねえし」

名前「うん、そうだね。平助、その火消してくれる?」

藤堂「おう」


手早くその場を片付けて、名前と藤堂は炊事場を飛び出した。
自室に戻って隊服を羽織り、そのまま広間へ向かえば、同じく羽織に身を包んだ隊士達が続々と集まってきているところであった。
名前が適当な場所に座れば、少し遅れて沖田がやってきてその隣に腰を下ろした。

最後に姿を現したのは芹沢で、その頃には全員正座をしてその場に待機していた。


芹沢「揃っているか?」

土方「当たり前じゃねえか、あんだけ馬鹿でかい音が聞こえてきたんだ」

山南「砲声は御所の方から聞こえてきたそうです」


山南の言葉に、名前は沖田と顔を見合わせる。
御所で一体何があったのだろう。
どうやら島田と山崎が情報収集に行ってまだ戻って来ていないらしく、全員状況の把握が出来ていないようだ。

それから四半刻と経たないうちに、山崎と島田は戻って来た。
そして彼らの口からは驚くべき事実が告げられる。


山崎「御所の門の一つ、堺町御門で会津と薩摩の連合軍、そして長州藩士との間で睨み合いが起きています。どちらかが発砲すれば、今にも戦いが始まりそうな状況で……」

土方「会津藩と薩摩が……?会津は親藩で、薩摩は外様藩じゃねえか。政治的な意味でも全是を違う。考え方が違うってのに何で奴らが手を組むんだよ?」

近藤「うむ、解せないことだが……」


元々会津藩と薩摩藩の間柄は友好的なものではなかった。
そんな二つの藩が手を組んで堺町御門を警護しているというのは俄に信じ難い状況なのである。
すると、話を聞いていた芹沢が小馬鹿にしたような口調で口を挟んできた。


芹沢「世の中はお前達の頭の中のように単純には出来ておらんということだろう」

土方「なんだと?」

芹沢「薩摩も会津も、朝廷に我が物顔で出入りする長州を煙たがっておったからな。長州潰しの為には思想の違いなど些細な問題といったところだろう」


鼻につく言い方だが、その説明で現在の状況に納得がいってしまうのも事実であった。


土方「御講説ありがとうよ。俺は、状況次第で態度が変わる日和見な連中の頭の中なんざ興味ねえんでな」


土方も例外ではなかったようで、吐き捨てるようにそう言った。


永倉「で、浪士組としちゃあどっちに加勢するつもりなんだ?会津か?」


身を乗り出しながらそう尋ねるのは永倉である。
しかし彼の言葉に、近藤は静かに首を振った。


近藤「うむ……しかし、会津藩の命令無しに隊を動かすことは出来ん」

土方「待つしかねえって事か……」


会津藩預かりという立場上、下手に動けないのが現状であった。
近藤も土方も溜息を吐いて項垂れており、どこかもどかしさを感じているようだ。

一方芹沢は何かを考え込んでいるのか、固く目を閉じている。
そしてその直後に姿を現した双眼には、固い決意が含まれていた。


芹沢「出るぞ。このまま座していても手柄を得る機会を逃すだけだ」


全員が芹沢の方を向き、互いに顔を見合わせる。
浪士組にとって今一番必要なのは功績。
指示を待ってばかりでは、全てを逃してしまうかもしれない。
考えることは皆同じらしく、近藤達もしっかりと頷いて立ち上がった。

するとそこへ、門で見張りをしていた隊士が駆け込んでくる。


「伝令でございます!浪士組は急ぎ御所へ向かい、御門を守護せよとの事です!」


まさに渡りに船の朗報だ。
そこへ、近藤の力強く声を張り上げる。


近藤「御上の命が下った!壬生浪士組、出陣致す!天子様を御守りするのは我等ぞ!」

「「「おう!!!」」」


血気盛んな男達の声が響き渡った。
こうして浪士組は天子様を守護するため、浅葱色を翻して堺町御門へと向かったのである。


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