銀桜録 黎明録篇 | ナノ


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─── 八月十三日。

今日は壬生寺の境内にて、浪士組への相撲の御礼興行が開かれていた。
先日の興行は一般の客を入れてのものであったが、今回は浪士組とその関係者のみの観覧となっている。
前回は警備や接待に駆り出されていてろくに観戦出来なかった名前達も、今日は間近で存分に楽しめるというわけだ。


名前「おぉーっ、凄い……!!」


体の小さな名前からすれば、力士達が激しくぶつかり合い、その巨体が投げ飛ばされる姿は迫力満点である。
隊士達も鉄の掟に縛られた日頃の鬱憤を晴らすかのように、大歓声を上げて観戦していた。
祭り好きな永倉や藤堂が先陣を切って盛り上げているのもあり、かなり白熱している。


原田「見えるか、名前?」

名前「うん、見えるよ!凄い迫力!!」

原田「ああ、そうだな」


名前の隣にいた原田は、目を大きく見開いて相撲を見ている名前の頭を軽く撫でた。
そしてすぐに、何かを思い付いたようににやりと口角を上げた。


原田「名前、ちょっくら賭けをしてみねえか?西と東、どっちが多く勝つか」

名前「えっ、賭け?でも……」


原田の言葉に名前は困惑したような表情を浮かべた。
というのも、浪士組の隊規で勝手な金策は禁じられているからである。


原田「別に金を賭けようってんじゃねえさ。もしお前が勝ったら甘味を奢ってやる。どうだ?」


"甘味" という言葉を聞くや否や、途端に名前の目が輝いた。


名前「よし、乗った!じゃあもし左之さんが勝ったら?」

原田「ん?あー、そうだな……じゃ、もし俺が勝ったら今晩一杯付き合ってくれよ」

名前「えっ、それじゃあ不公平だよ!じゃあ、もし左之さんが勝ったら私がお酒を奢るね」

原田「そうか?じゃ、決まりだな」


原田としては妹分に金を払わせたくないというのが本音だが、名前は不公平な勝負というのは好きではない。
それをよくわかっている原田は、名前の提示した条件を飲むことにしたのである。


原田「今から始まる五試合で、先に三勝した組に賭けた方の勝ちだ。お前から決めていいぜ」

名前「よし、わかった!じゃあ私は西!」

原田「じゃ、俺は東だな」


顔を見合わせてニィッと笑う。
そして名前と原田は、各々応援する組に声援を飛ばし始めたのである。

……まさか、この後に事件が起こるとも知らずに。


*******


名前「 ─── やったぁ!私の勝ち!!」

原田「畜生、負けちまったか…」


勝負は四試合目まで西も東も二勝二敗で、決着は五試合目までもつれ込むというなかなかの好勝負であった。
そして最後に西の力士の勝利を宣言する行司の声を聞き、名前は飛び上がって喜んだ。


原田「仕方ねえ、約束だ。甘味は何がいい?」

名前「お饅頭!」

原田「ん?団子じゃなくていいのか?」

名前「うん、今はなんだかお饅頭の気分なの」

原田「そうか」


原田はくつくつと喉を鳴らして笑い、再び名前の頭を撫でる。
そしてちょうど興行が終わり、名前達が片付けに取り掛かり始めた時であった。


山崎「 ─── 副長!」


山崎が珍しく切迫した様子で駆け込んで来た。
どうやら彼は相撲の観戦はせず、仕事をしていたらしい。
山崎が何やら耳打ちをした途端、土方の顔色が変わった。


土方「おいてめぇら、行くぞ!緊急事態だ!」

沖田「どうしたんです?」

土方「……芹沢さんが、またやらかしやがった」


土方の眉は、きつく顰められていた。
またか、と思う反面で、言い様のない不安が名前の全身を駆け巡ったのである。


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