銀桜録 試衛館篇 | ナノ


1

──── 翌日。

名前は、昨日の事など何も無かったかのようにいつも通りに笑っていた。
普段通りに慌ただしく駆け回って家事をこなし、畑の手入れをし、稽古をする。
皆と談笑し、楽しそうに笑っている。
あまりにも普段通りすぎて、沖田だけは少し違和感を抱いていたのだが……。

名前は思い詰めた表情をすることも、溜息を吐くこともなくなった。
斎藤や沖田に対しても普段通りに接し、笑いかけていた。


─── しかし。
名前が斎藤に想いを告げたあの日から、三日程が経った日のことである。

─── ガシャンッ……

朝早く、聞き慣れぬ音が遠くで鳴り響いた。
皿が割れたような音である。
何事かと、道場に居た皆は炊事場へと駆け付けた。

そして次の瞬間、目の前の光景に全員が息を飲む。
床には散らばった食器の破片。
そして、ぐったりと横たわっている少女は。


沖田「 ─── 名前っ!!!」


*****


──── "名前が倒れた" 。

道場へやって来た斎藤はその話を藤堂から聞くや否や、名前の部屋へと急いだ。
いつも通っているはずの廊下が果てしなく長く感じる。
もどかしい思いで辿り着いた部屋には、皆に囲まれて布団の中で眠る名前の姿があった。


土方「…斎藤。来てくれたか」

斎藤「…彼女の、容態は…」


皆、険しい顔をしていた。
名前は滅多に病気にかからない、健康な女子であった。
しかし布団で眠る彼女の顔は赤く、苦しげに肩で呼吸をしており、一目で熱が高いことがわかる。

いつも此方に向けられていた優しい焦茶色の瞳は、固く閉じられていて姿を現さない。
名前の枕のすぐ横には、彼女がいつも肌身離さず身に付けている水晶の首飾りが御守りのように置かれていた。
苦しそうに眠る彼女の額の汗を、沖田が手拭いで何度も拭っている。


土方「…酷え熱だ。意識もまだ戻ってねえ。医者に診せたんだが、精神的負荷が原因らしい」

斎藤「…精神的、負荷…」

土方「…このまま意識が戻らねえと…危ねぇ状態になるそうだ」

斎藤「っ!」

近藤「名前…頼む、目を覚ましてくれ…」


苦しげに告げられた土方の言葉に、斎藤は息を飲む。

近藤が悲痛な表情で名前の手を握っていた。
沖田も藤堂は今にも泣き出しそうな表情であり、原田と永倉も拳を握り締めて名前を見守っている。
土方と井上と山南は、険しい表情で名前を見つめていた。

名前が、死ぬ……?
その言葉が、何度も頭の中を回っている。
言葉が結び付かない、理解が出来ない。

斎藤は、呆然としてその場に立ち尽くしていた……。
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