銀桜録 試衛館篇 | ナノ


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──── 名前が、結婚する。
その話を聞いた時は確かに驚いたが、それは表情には出さなかった斎藤。

名前はもう十七だ。
外見も内面も美しく、周りを自然と笑顔にする。
商売をしているおかげで知り合いの多い彼女には、いつ見合い話が来てもおかしくはなかった。

これで彼女がひもじい思いをしなくて済む。
家事や畑仕事、商売に稽古と、忙しい一日を過ごす必要も無くなる。
加えて評判の良い相手とその家だ、きっと名前を幸せにしてくれる。
女としての幸せを、名前は掴むことができるのだ。

…しかし、何故だろうか。
腑に落ちないというか、心が晴れないというか。
心から彼女を祝福してやれない己の内に、斎藤は気付き始めていた。

何故自分は素直に喜べないのだろう。
永倉達のように、何故自分は彼女を心から祝福できぬのだろう。
そんな疑問を、斎藤は何度も自分に投げかけていた。
…それを、稽古中にも無意識にやってしまっていたようで。


藤堂「…一君?どうしたんだよ?」

斎藤「…何がだ?」

藤堂「なんか今日、いつもと違うくねぇ?調子悪いの?」

斎藤「いや…そんな事はないが」

藤堂「そうか?でも、なんつーか…木刀が迷ってる感じがした」


剣には振るう者の全てが映る。
その人の本質も、心の内も全て。
そしてそれは、手練の者が打ち合いをした時に刀を通して感覚的に感じるものだ。

自分の振るう木刀に、迷いが…?
それは、斎藤にとっては衝撃であった。

剣を持った斎藤は、ただひたすら目の前の敵を倒す事のみを考える。
しかし剣が迷うという事は、それ以外のものに意識が向いてしまっているということで。
それは、斎藤にとって有り得ないことだったのだ。


斎藤「…すまない。だが俺ならば何も問題は無い。もう一試合頼む」

藤堂「そうか?それならいいんだけどさ…」


自分は、剣に生きると決めた身。
そんな自分が剣に迷いなど、あってはならぬ話だ。

そこからの斎藤は、ひたすら無心で木刀を振るった。
その時の彼はいつも以上に気迫が感じられ、藤堂が「ごめん、やっぱり気の所為だった」と謝ってくる程であった……。
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