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……だが、それから暫く経った時である。
斎藤「…名前」
名前「……んー、?」
斎藤「…眠いのか」
名前「……んーん、大丈夫……」
まったりとお茶を飲んでいると、隣でうつらうつらと揺れる気配。
斎藤が隣に目を向ければ、名前の目が今にも閉じそうになっていた。
毎日家事や畑仕事、そして稽古を欠かさず行っている小さな少女の体には、やはり疲労が溜まってきているのであろう。
ぽかぽかと穏やかな日差しに包まれて、睡魔に襲われているようだ。
斎藤「…少し寝るといい」
名前「…えー…勿体無いよ…」
斎藤「…何がだ?」
名前「…せっかく、一君と一緒に居られるのに…寝ちゃうなんて、勿体無い…もっと、お話…したい…」
そう言って、名前はゴシゴシと目を擦った。
彼女の素直すぎる言葉は、時折斎藤を動揺させる。
それでも斎藤は、平静を装う。
斎藤「…話ならば、起きてからもできるだろう。あんたが起きるまで待っている」
斎藤がそう言うと、名前はふにゃりと安心したような笑みを浮かべた。
名前「…うん…じゃあ、ちょっとだけ…四半刻、…」
途中で名前の言葉が途切れた。
ちらりと其方に目を向ければ、名前は横にもならず座ったまま眠っていた。
すやすやという穏やかな寝息が聞こえる。
それ程眠かったのかと、斎藤は口元に小さく笑みを浮かべた。
しかしよく考えてみれば、あれ程眠そうにしていた名前を斎藤は見たことが無かった。
どんなに忙しく動いた日でも、皆の前では楽しそうに笑い、疲れた様子など見せなかった。
……少しは、心を許してくれているということなのだろうか。
淡い期待のようなものが斎藤の胸に一瞬浮かび上がる。
だが座ったまま眠っている彼女の体は不安定で、ゆらゆらと揺れている。
このままの体勢ではあまりよく眠れないだろう。
斎藤「……」
斎藤は、静かに名前の体に手を伸ばした。
名前が起きぬよう、彼女の頭を己の肩にもたれかからせる。
そしてその体を支えるため、彼女の背中にそっと己の腕を回した。
このような事を誰かに、しかも女子にした事など無い斎藤は、己の行動に内心戸惑いを覚える。
眠り辛そうな体勢だとは思ったが、手を伸ばしたのは完全に無意識だったのだ。
名前は不思議な人だと、斎藤は思う。
いつも明るく健気に生き、その笑顔で自分の周りを温かくする。
そんな彼女に、何かしてやりたいと思ってしまうのだ。
何か、力になってやりたい。
自分に出来る事なら、何でもしてやりたい。
彼女がこれからも、心からの笑顔を浮かべられるように。
斎藤の肩で、幸せそうな表情で眠る名前。
その顔を見ていると、穏やかな気持ちになる。
─── それが "愛しい" という感情だということに斎藤が気付くのは、もっとずっと先の話……。
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