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──── 名前の肩に、温かい手が触れた。
その温もりにハッとして弾かれたように顔を上げるのと同時に、名前の胸倉から男の手が引き剥がされる。
そして、一人の少年が二人の間に割って入っていた。
「ああ?なんだてめえは……何か文句でもあんのか?」
名前を庇うように立ったその少年を、男はギロリと睨みつける。
その少年は、名前よりも少し年上くらいだろうか。
背が高く、黒い着物と羽織を着ていて、首元には白い襟巻きが巻かれている。
右腰には稽古用の木刀を差していた。
?「……その位にしておけ。大の大人が年端もいかぬ娘に、そこまで怒る必要はあるまい。ましてや物を取り上げるなど」
少年の冷静で諭すようなその視線と言葉に、男はさらに逆上したようだった。
「何だと……この餓鬼!!」
そう叫ぶなり、男はなんと、刀に手を掛けたのである。
「餓鬼のくせに良い度胸じゃねぇか!俺に楯を突いたらどうなるか、思い知らせてやる!!」
名前「えっ……!」
姿を現した白刃に名前は息を飲んだ。
しかし少年は焦りの色を全く見せず、名前を腕で押しやって後ろに下がらせると、自身も右腰に差していた木刀に左手を掛ける。
木刀と真剣では、結果は火を見るよりもら明らかである。
道場で毎日木刀を振っている名前にとっては尚更だ。
しかし名前の体は恐怖で完全に固まってしまっており、止めに入ることなどできなかった。
二人はじりじりと腰を落として睨み合い、相手との間合いと呼吸を探った。
──── そして、男が地を蹴った瞬間。
少年は目にも止まらぬ速さで自らの腰の木刀を左手で引き抜くと、そのまま男の胸に思いっきり木刀を打ち付けた。
「がはっ……!!」
胸を強打された男は苦し気に呻くと、刀を取り落として地面に膝を着く。
その拍子に、男の懐から名前の首飾りが地面に零れ落ちた。
少年が持っていたのが木刀でなく真剣であったなら、この男は間違いなく死んでいただろう。
その達人級の居合に、名前は目を見張っていた。
男は激しく咳き込みながら「くそっ、覚えてろよ!」という捨て台詞を残し、落とした刀を拾って、走り去ってしまった。
地面に落ちている名前の首飾りの事など、とうに忘れてしまっているようであった。
名前「……」
名前は、呆気にとられてその少年の背中を見ながら立ち尽くしていた。
その少年は落ちていた首飾りを拾い上げると、名前の元へと近付いてくる。
?「……これは、あんたのだろう」
名前「……あ……」
差し出されたのは、先程の見事な居合を繰り出した男とは思えぬ程、ほっそりとした手だった。
その手の上には、透明な水晶が1つ付いた名前の首飾りが乗っている。
名前「……あ、りがとう……ございます……」
先程の恐怖が残っているのか発した声は掠れており、首飾りへと伸ばした手は震えていた。
震える手で首飾りを受け取り、懐へと仕舞い込む。
……すると、ばさりと音がして何か温かいものが名前を包み込んだ。
名前「……え、」
?「……少し濡れてはいるが、無いよりは良いだろう。着ていくといい」
名前を包んでいたのは、先程まで少年が着ていた羽織であった。
名前は、驚いて少年の顔を見上げる。
ちらちらと降る白い雪が、少年の藍がかった黒髪に落ちていて。
美しい蒼が、静かに名前を見つめていた。
その瞳を見た瞬間、トクン、と心臓が飛び跳ねる。
名前「…で、でも、」
?「遠慮はいらぬ。女子は体を冷やしてはならぬだろう」
名前「あ…」
そう言って少年は小さく微笑みを浮かべると、踵を返して行ってしまった。
名前「ま、待って…!」
慌てて追いかけようとするが、長い時間寒い外に居たからだろうか、足が冷えきっていて思うように動かない。
その間にも少年はどんどん歩いていってしまい、終いには人混みに紛れて完全に見えなくなってしまったのである。
名前「行っちゃった…ちゃんとお礼もしてないのに…それに、名前も…」
…何故だろうか。
心臓をキュッと掴まれたように、胸が少しだけ痛い。
羽織の温もりに包まれながら、名前は呆然として暫くその場に立ち尽くしていたのであった……。
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