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─── 朝餉を終えた名前はある事を思い出し、再び庭へと出ていた。
今度はしっかり自分の褞袍を身に付けている。
名前は庭に屈むと、せっせと雪玉を作り始めた。
斎藤「 ─── 名前」
名前「あっ、一君!おはよう!」
そこへ斎藤がやって来て、庭で何やら作業をしている名前に声を掛けた。
斎藤「…何をしているのだ?」
名前「雪玉大量生産!」
斎藤「……」
彼女の意図が読めず、斎藤は沈黙してしまう。
名前「ちょっとね、やらなきゃいけないことがあってね…」
斎藤「…やらねばならぬ事、とは?」
名前「えへへ、ちょっと見てて?」
見ていろと言われたためか、斎藤も庭に出て名前の元へと向かった。
名前はおむすびくらいの大きさの雪玉をせっせと作っていた。
そして十個の雪玉を綺麗に整列させ、さらにその上に一個ずつ雪玉を乗せていく。
斎藤「…それは、雪だるまか」
名前「うん、正解!実はね、毎年人数分作ってるんだ」
斎藤「…人数分?」
斎藤が尋ねると、名前はニコリと笑って頷いた。
名前「うん!これが兄様でしょ、これが土方さんでこれが山南さん、源さんに総ちゃん、平助、左之さん、新八さん……」
一つずつ指を差して丁寧に雪だるまの名前を呼んでいく名前。
名前「これが私でしょ、それでこれが一君!」
斎藤「…成程」
名前「これね、三年くらい前から毎年やってるんだ。今年は新八さんと一君が来たから、去年よりも二個増えたの。毎年数が増えていくのがなんだか楽しくて」
斎藤「…そうか」
そう楽しそうに話す名前を見ていると、斎藤の心には何か温かいものが流れ込んでくる。
自分はちゃんと此処で受け入れてもらえているのだ、と改めて実感したのだ。
彼女のさり気ない行動は、いつも斎藤の心を温める。
名前「一君が来たのって確か三月だったよね?もう十二月だよ、早いねぇ」
斎藤「…そうだな」
もうそんなに経つのか、と名前の言葉に斎藤は少し驚く。
思い起こされるのは、試衛館に初めて来たあの日のこと。
腕の立つ仲間に出会い、左手に刀を握る自分を初めて受け入れてもらえて、斎藤の人生はあの日確実に変化したのだ。
しかし、思えばあの時あの場には名前はいなかった。
それなのに彼女は、右差しの斎藤を不審がる素振りも見せず、皆と同じように明るい笑顔を向けてくれる。
一体何故なのだろう。
斎藤「…あんたは…右差しの俺を、不審には思わなかったのか?」
疑問がそのまま口を衝いて出る。
硝子玉のように丸い目が、斎藤を捉えた。
名前「…珍しいな、くらい。それ以外は特に何も」
斎藤「…そうか」
名前「…一君が右差しでもさ。一君が正しいと思ったことなら、それは正しいと思うの」
斎藤「…俺が、正しいと思った事なら…?」
名前「うん」
名前は屈み込むと、雪だるまを覗き込んだ。
先程、自分と斎藤だと指差した雪だるまを。
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