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──── 斎藤が試衛館へ通うようになってから、十五日ほどが経った。
名前「……綺麗……」
心の声が思わず口に出てしまい、名前は慌てて周りを見渡した。
幸いなことに、今の呟きは誰にも聞かれていなかったようだ。
ほっと息を吐いて、再び視線を戻す。
名前の視線の先にいるのは勿論斎藤である。
今日やるべき家事を全て終えたため、道着に着替えて道場にやってきた名前。
しかし名前がやって来た時にちょうど永倉と斎藤が手合わせをしている最中だったため、入口付近で突っ立ったまま思わず見入ってしまっていたのだった。
斎藤の一切隙のない構えと、目に追うのもやっとな程の達人級の居合。
刀を振るう斎藤は、静かで強かで、とにかく美しいのである。
名前「…かっこいいなぁ…」
原田「ほーう?」
名前「ひぃぃぃっ!!?」
突然後ろから降ってきた声に悲鳴を上げて振り返れば、そこにはニヤニヤと笑っている原田がいた。
名前「さ、さ、左之さんっ…!?いつから後ろに!?」
原田「お前の "かっこいいなぁ" からだな。中に入らねえで突っ立ってやがるからよ、何やってんのかと思えば……」
き、聞かれてた……!!
ぼっ、と火がついたように顔が熱くなるのを名前は感じた。
名前「あ、あああのっ、今のは、そのっ…!!」
原田「そうかそうか、ついにお前にも春が来たか…」
名前「そ、そんなんじゃ…!」
原田「別に恥ずかしがるこたァねえだろ。お前ももう十六だしな」
原田はニッと笑うとその場にどっかりと座り、「ほら、お前も座れ」と名前に隣に座るように促す。
……あ、これは根掘り葉掘り聞かれるやつだ。
そう確信した名前だったが逃げることもできず、渋々原田の隣に座った。
二人の視線の先では、未だ沖田の審判の下で斎藤と永倉の試合が白熱している。
原田「で、相手は新八…じゃねえよな。斎藤か」
名前「う…」
原田「やっぱりか。彼奴は寡黙だが、真面目でいい男だからな」
名前「…うん」
名前は家事や畑仕事、商売と一日にこなす仕事が多いため、稽古に参加するのはいつも昼八ツ(14時〜15時)以降となる日が多い。
そのため、名前よりも他の者達の方が斎藤と過ごした時間が少しだけ長いのだ。
この十五日間で何度も斎藤と木刀を交えた原田は斎藤の性格をわかってきているらしく、うんうんと納得したように一人で頷いていた。
そんな原田の様子を見ていると、彼には打ち明けてもいいかもしれないと思ってしまう。
名前「…あのね。実は私、二年前に斎藤さんに助けてもらったことがあって」
ぽつりと話し出した名前に、原田は首を傾げた。
原田「…ん?っつーことはなんだ、お前ら知り合いだったのか?」
名前「いや、知り合いってほどでもなくて…。酔っ払いに絡まれて、この首飾りを取り上げられたことがあったの」
原田「そりゃひでぇ、大丈夫だったか?」
名前「うん、なんとか。…それでね、その時に助けてくれたのが斎藤さんだったの」
忘れもしないあの日。
銀世界の中で此方を優しく見つめてくれた蒼色は、今まで見たどんなものよりも美しかった。
名前「酔っ払いの男の人が刀を抜いて、斎藤さんは木刀だったんだけど…斎藤さんがあっという間に勝っちゃってさ。首飾りを取り返してくれたの。それに、雪でびしょ濡れだった私に羽織まで貸してくれて…凄く、格好良かったの」
原田「…そうか。そうだったか」
一度口にしてしまえば、どんどん言葉が紡がれていく。
先程まで恥ずかしかったのが嘘のように、自然と口から言葉が出ていた。
すると、ポンと肩に大きな手が乗った。
原田「ま、もし困ったこととか辛いことがあったら俺に言えよ。俺に出来ることだったら何でもしてやるからよ」
名前「えっ、本当…?応援してくれるの?」
原田「当たり前だろ。可愛い妹分の応援をしねえ男が何処にいるってんだ?」
名前「左之さん…」
原田は短気で喧嘩っ早い部分もあるが、人情味があって誰に対しても優しい。
彼はいつも、周りに対して細やかな心遣いをしてくれるのだ。
そんな彼の優しさに触れて、名前の顔は綻ぶ。
名前「左之さん、ありがとう。…私ね、いつか斎藤さんに気持ちを伝えたいの。ちゃんと、自分の言葉でね」
原田「ああ。できるさ、お前ならきっとな」
名前「うん!ありがとう」
原田「ま、頑張れよ!」
原田はニッと笑みを浮かべると、彼女を鼓舞するかのようにバシバシと名前の背中を叩く。
名前「っぎゃ!?いたた、痛いよ左之さん…」
原田「ん?お、悪いな。力が入りすぎちまったか」
名前が少しだけ眉を顰めれば、今度は打って変わって背中を優しく撫でられた。
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