銀桜録 試衛館篇 | ナノ


3

──── その日、俺は皆と共に夕餉の席についた。

出された夕餉は、決して豪華なものではなかった。
少量の白米と味噌汁に小松菜のおひたしと高野豆腐いう、質素なものである。

しかしその食事を目にした途端、永倉や藤堂の目が輝いた。


永倉「お、何だ何だ!?今日の夕飯は豪華だな!」

藤堂「本当だ!名前、今日って何か祝い事でもあったのか?」


大の大人の男の腹を満たすには足りない量ではあるが、彼等にとっては御馳走らしい。
そんな中で俺の分まで用意させてしまったのは、やはり申し訳ない。

永倉と藤堂の言葉に、俺の隣に座っている名前はくすくすと笑った。


名前「祝い事っていうか…斎藤さんが一緒にご飯食べてくれるから、親睦会みたいな感じ?」

斎藤「!」


どうやら、わざわざ俺の為に奮発して作ってくれたらしい。
驚いて名前を見れば、優しく笑っている彼女と目が合う。
焦茶色の、柔らかな色をした瞳だった。


名前「すみません、少ししか出せなくて」

斎藤「い、いや…わざわざ俺の為に、忝ない…」

名前「いえいえ!少しですけど、遠慮せず食べていってくださいね」

永倉「そうそう!名前の作る飯は絶品だからな!食える時に食っとけよ、斎藤!」

藤堂「料理も美味いけど、此奴の作る野菜もすげえ美味いんだよなー!」

名前「えっ、なになに急に皆して!褒めても何も出ないよ!?」


稽古中は威勢の良い声が響くこの道場だが、今は明るい声が飛び交っている。
藤堂は祭り好きで、永倉は江戸っ子のようで普段から賑やかだが…。
この試衛館全体の明るさの源は、きっと名前なのだろう。


近藤「よし、皆揃ったな!では、いただきます」

全員「「「いただきます」」」」

永倉・藤堂「「いっただっきまーす!!!」」


一際大きな挨拶が聞こえ、永倉と藤堂が勢い良く米やおひたしを掻き込み始めた。
まるで飯を吸い込んでいるかのような速さである。


沖田「うわあ、見てるだけでお腹いっぱいになるなぁ…」

原田「おいおい、そんなに慌てて食わなくても飯は逃げねえだろ」

藤堂「早く食わねえと新八っつぁんに取られちまうからなー!!」

永倉「隙あり!!」

藤堂「っと!させるかよ!!」


……何やら、目の前で飯の争奪戦が繰り広げられている。
バチバチと箸をぶつけ合う音が響いていた。


土方「ったく、行儀が悪ぃぞお前ら!…すまねえな斎藤、いつもこんなでな」

斎藤「い、いえ…」

原田「斎藤も、自分の飯は自分で守れよ」

斎藤「…承知した」


ならば、取られる前に早く食べてしまった方がいいだろう。
俺は、名前が育てたという小松菜のおひたしに箸を伸ばす。


斎藤「……!」

永倉「な、うめぇだろ!」


新鮮な野菜の味が口の中に広がる。
これほど美味い飯を食べるのは久々かもしれない。


斎藤「…ああ、絶品だ」

名前「っ!!」

沖田「名前、良かったね。斎藤君が美味しいって」

名前「き、聞こえてるよ!…お口に合って良かったです!」


揶揄い口調の沖田に何故か顔を赤らめた名前だったが、すぐに此方に笑みを向けてくれる。

そして彼女の視線は、未だ争奪戦を繰り広げている永倉と藤堂に向いた。


名前「ちょっと、危ないよ!お箸が壊れたらどうするの!」

永倉・藤堂「「す、すみません…」」

沖田「あはは、お箸の心配なんだ」


名前の一声で、途端に永倉と藤堂はしおらしくなり、争奪戦を止めた。
どうやら、名前の言う事は素直に聞くらしい。


名前「はい、私の高野豆腐二人にあげるから」

藤堂「え!?いや、いいって!お前はちゃんと食わなきゃ駄目だって!お前は一番歳下なんだしさ!」

名前「歳下って、平助と一つしか変わらないじゃない」

近藤「そうだな。名前、俺の豆腐をやるぞ。沢山食べなさい」

名前「兄様までまた子供扱いする…もう十六ですよ、私!」

近藤「む!?そ、そうか。そうだったな…」

沖田「あはは、名前はもっと食べなきゃ身長伸びないよ」

名前「総ちゃんそれすっごい失礼!!」


これほど賑やかな食事の席は、一体いつぶりだろうか。
やはり、此処は居心地が良い。
皆、温かいのだ。

好物である高野豆腐を口にする。
それは今までに食したどの豆腐よりも、絶品に思えた……。
<< >>

目次
戻る
top
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -