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──── その日、俺は皆と共に夕餉の席についた。
出された夕餉は、決して豪華なものではなかった。
少量の白米と味噌汁に小松菜のおひたしと高野豆腐いう、質素なものである。
しかしその食事を目にした途端、永倉や藤堂の目が輝いた。
永倉「お、何だ何だ!?今日の夕飯は豪華だな!」
藤堂「本当だ!名前、今日って何か祝い事でもあったのか?」
大の大人の男の腹を満たすには足りない量ではあるが、彼等にとっては御馳走らしい。
そんな中で俺の分まで用意させてしまったのは、やはり申し訳ない。
永倉と藤堂の言葉に、俺の隣に座っている名前はくすくすと笑った。
名前「祝い事っていうか…斎藤さんが一緒にご飯食べてくれるから、親睦会みたいな感じ?」
斎藤「!」
どうやら、わざわざ俺の為に奮発して作ってくれたらしい。
驚いて名前を見れば、優しく笑っている彼女と目が合う。
焦茶色の、柔らかな色をした瞳だった。
名前「すみません、少ししか出せなくて」
斎藤「い、いや…わざわざ俺の為に、忝ない…」
名前「いえいえ!少しですけど、遠慮せず食べていってくださいね」
永倉「そうそう!名前の作る飯は絶品だからな!食える時に食っとけよ、斎藤!」
藤堂「料理も美味いけど、此奴の作る野菜もすげえ美味いんだよなー!」
名前「えっ、なになに急に皆して!褒めても何も出ないよ!?」
稽古中は威勢の良い声が響くこの道場だが、今は明るい声が飛び交っている。
藤堂は祭り好きで、永倉は江戸っ子のようで普段から賑やかだが…。
この試衛館全体の明るさの源は、きっと名前なのだろう。
近藤「よし、皆揃ったな!では、いただきます」
全員「「「いただきます」」」」
永倉・藤堂「「いっただっきまーす!!!」」
一際大きな挨拶が聞こえ、永倉と藤堂が勢い良く米やおひたしを掻き込み始めた。
まるで飯を吸い込んでいるかのような速さである。
沖田「うわあ、見てるだけでお腹いっぱいになるなぁ…」
原田「おいおい、そんなに慌てて食わなくても飯は逃げねえだろ」
藤堂「早く食わねえと新八っつぁんに取られちまうからなー!!」
永倉「隙あり!!」
藤堂「っと!させるかよ!!」
……何やら、目の前で飯の争奪戦が繰り広げられている。
バチバチと箸をぶつけ合う音が響いていた。
土方「ったく、行儀が悪ぃぞお前ら!…すまねえな斎藤、いつもこんなでな」
斎藤「い、いえ…」
原田「斎藤も、自分の飯は自分で守れよ」
斎藤「…承知した」
ならば、取られる前に早く食べてしまった方がいいだろう。
俺は、名前が育てたという小松菜のおひたしに箸を伸ばす。
斎藤「……!」
永倉「な、うめぇだろ!」
新鮮な野菜の味が口の中に広がる。
これほど美味い飯を食べるのは久々かもしれない。
斎藤「…ああ、絶品だ」
名前「っ!!」
沖田「名前、良かったね。斎藤君が美味しいって」
名前「き、聞こえてるよ!…お口に合って良かったです!」
揶揄い口調の沖田に何故か顔を赤らめた名前だったが、すぐに此方に笑みを向けてくれる。
そして彼女の視線は、未だ争奪戦を繰り広げている永倉と藤堂に向いた。
名前「ちょっと、危ないよ!お箸が壊れたらどうするの!」
永倉・藤堂「「す、すみません…」」
沖田「あはは、お箸の心配なんだ」
名前の一声で、途端に永倉と藤堂はしおらしくなり、争奪戦を止めた。
どうやら、名前の言う事は素直に聞くらしい。
名前「はい、私の高野豆腐二人にあげるから」
藤堂「え!?いや、いいって!お前はちゃんと食わなきゃ駄目だって!お前は一番歳下なんだしさ!」
名前「歳下って、平助と一つしか変わらないじゃない」
近藤「そうだな。名前、俺の豆腐をやるぞ。沢山食べなさい」
名前「兄様までまた子供扱いする…もう十六ですよ、私!」
近藤「む!?そ、そうか。そうだったな…」
沖田「あはは、名前はもっと食べなきゃ身長伸びないよ」
名前「総ちゃんそれすっごい失礼!!」
これほど賑やかな食事の席は、一体いつぶりだろうか。
やはり、此処は居心地が良い。
皆、温かいのだ。
好物である高野豆腐を口にする。
それは今までに食したどの豆腐よりも、絶品に思えた……。
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