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〈斎藤 視点 〉
──── 試衛館には、道場破りで来たつもりだった。
竹刀ではなく、実戦を想定して木刀で稽古をしている道場があると巷で聞き及び、俺はその道場へと足を運んだのである。
しかしその試衛館に集っていたのは、予想に反して強者達ばかりであった。
近藤さんに土方さん、沖田に藤堂、永倉に原田。
皆、一度刀を握れば表情が一変し、驚異的な強さであった。
何よりも、左利きである俺を受け入れてくれた。
何処の道場へ行っても利き手を直すように言われたが、試衛館だけは違った。
近藤さん達だけは違ったのだ。
土方さんは、「右構えだろうが左構えだろうが、強いことには変わりはない」と言ってくださった。
それだけではなく、「左利きは珍しいから良い練習になる」と、皆も嫌な顔一つせず受け入れてくれたのである。
俺は初めて、左利きの自分を認めてくれる人達に出会ったのだった。
道場破りで来たつもりであったが、此処はとても居心地が良い。
何の因果か、俺は試衛館に通う事となったのであった。
……そして、驚いたことがもう一つ。
名前「 ─── あっ、斎藤さーん!おはようございまーす!」
何処かからか聞こえてきた、明るい声。
声のする方を向けば、裏庭にある畑から此方に手を振ってくる名前の姿があった。
もう一つの驚いたこととは、数年前に町中で助けた娘が近藤さんの妹であり、此処で働きながら剣術を学んでいたということである。
俺自身、羽織を返されるまでその時の事はすっかり忘れてしまっていたのだが。
このような偶然が本当にあるのか、と驚いたものだ。
しかし、先日返してもらった羽織を見ると、数年間箪笥に仕舞い込んでいたようには見えない。
恐らく定期的に手入れをしてくれていたのであろう。
彼女は活発な娘という印象が強かったが、細やかな一面もあるのだと少々意外に思った。
斎藤「…此処は、あんたの畑か」
名前「はい!畑と言うには少し小さいですけど…」
俺は彼女のいる畑へと近寄る。
どうやら、彼女は水やりと種蒔をしていたようだ。
道場の裏庭という限られた範囲なため確かに面積は小さい畑だが、それでも青々とした沢山の緑が風に吹かれていた。
目の前に生えているのは小松菜だろうか。
葉色から、作物の健康状態が非常に良いことが見て取れた。
斎藤「…そんな事は無い。立派な畑だと思う」
名前「っ!ありがとうございます!」
きっと持ち前の細やかさで、丁寧に育てているのだろう。
俺の言葉に、名前は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
恐らく、朝早くから畑仕事をしていたのだろう。
手や顔には、所々に土が付いている。
─── それでも、その笑顔は何よりも綺麗に思えた。
名前「…斎藤さん?」
斎藤「…っ、あ、ああ。いや、すまない」
名前「?」
どうやら、無意識に彼女の顔を見つめてしまっていたらしい。
俺は我に返り、咄嗟に彼女から目を逸らした。
彼女は一瞬不思議そうな表情になったが、すぐに柔らかな笑みを此方に向けてくれる。
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