銀桜録 試衛館篇 | ナノ


3

斎藤「…一ついいだろうか」

名前「はい、何でしょう?」

斎藤「俺は…あんたを、何と呼べばいいのだろうか」

名前「え…?」

斎藤「…近藤…では、あんたの兄上の近藤さんと紛らわしいような気もするのだが」


そう言われればそうかもしれない、と名前は考え込んだ。
今まで自然と自分は名前で呼ばれており、苗字で呼ばれることなど無かったため、考えたこともなかったのだ。

だが、それならば悩む必要などないだろう。


名前「でしたら、私のことは気軽に名前とお呼びください。皆もそう呼んでくれていますから」

斎藤「…名前…」

名前「はい!」


斎藤に名前を呼ばれたことが嬉しくて大きく頷けば、斎藤もそれに呼応するように小さく頷いた。


斎藤「…承知した」

名前「…あ…」


再び、小さな微笑みを見せてくれた斎藤。
その時の瞳が酷く優しくて、此方に向けられた蒼色が美しくて、彼に助けてもらったあの日を名前に思い出させた。

──── ああ、やっぱり私はこの人が好きなんだ。

とくん、と心臓が高鳴るのがわかった。
ポーッとなって斎藤に見とれていた名前だが、幸いにも彼はその事に気づいていないようだった。

すると、ドタドタと此方に向かってくる騒がしい足音。


藤堂「あ、いたいた!一君、今日はオレと手合わせしてくれよ!昨日からずっと一君と戦ってみたくてさ!」

斎藤「…承知した」


やって来たのは藤堂であった。
斎藤と手合わせをしたくて彼を探していたらしい。


藤堂「……あれ?名前じゃん。もしかしてお取り込み中?」

名前「あ、ううん!もう終わったから大丈夫!」

藤堂「そっか。よし!行こうぜ、一君!」

斎藤「ああ」

名前「頑張ってね」

藤堂「おう!」


バタバタと忙しなく走っていく藤堂と、それとは対照的に静かにその場を去っていく斎藤。
そんな二人の背中を、名前は手を振りながら見送っていた。

……そして、彼等の背中が見えなくなると。


名前「 ─── はぁぁぁっ……」


大きく息を吐き、へなへなとその場に座り込んだ。


名前「…名前…呼んでくれた…」


" 斎藤「…名前…」 "


落ち着いた声色で、名前の名前を呼んでくれた斎藤。

誰かに名前を呼ばれるなんて、日常茶飯事のことだったのに。
恋い慕う相手に名前を呼んでもらえるのが、これ程までに嬉しいことだったなんて。

あの声を思い出すだけでバクバクと心臓が暴れ出す。
よく平然と会話できていたものだ。


名前「…よし、まずは第一歩だ。もっと頑張って話しかけて、仲良くなろう…!」


もう一度大きく息を吐き、名前は気合いを入れ直すのであった。

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