銀桜録 試衛館篇 | ナノ


2

─── その日の夜。

名前は再び土方に呼び出されていた。
土方の部屋を訪れた名前は昼間見せた男装のままであり、それを見た土方は苦笑を浮かべる。


土方「…違和感しかねえ」

名前「えっ、変ですか!?」

土方「見慣れねえっつうのもあるが…面白いくらい男に見えねえな」

名前「えーっ!結構頑張ったんですけど…」

土方「下手にもほどがある」

名前「酷い!私の努力の結晶を!」


そんなにおかしいかなぁ、と呟きながら名前は自分の袴を見下ろしている。

ちなみにこの袴は土方から貰った物だ。
土方には五人の兄と姉がおり、上から二番目の兄である喜六には長男の作助がいる。
この作助は今年十九になったばかりであり、家にはまだお古の袴があった。
そこで土方は実家に戻り、わざわざ作助のお下がりを取ってきてくれたのである。

土方の見立ては正しく、大きさは名前にぴったりであったのだが…。
やはり問題は名前の愛らしい顔付きにあるらしい。


名前「…でも、ありがとうございました。袴なんて持ってなかったので助かりました」

土方「おう」


名前が袴の事を頼んだのは昨日の朝。
何に使うのかと聞いた土方だったが、「私の覚悟を示します」と名前は答えた。
その時点で大体を察した土方は、その日のうちに袴を調達してきてくれたのである。

土方の協力無くしては確実に成し遂げられなかっただろう。
あの場で土方が見守っていてくれたから、名前は安心して頭を下げることができたのだ。
…これは絶対に名前は言わないであろうが。

すると、土方が「そこに座れ」と視線で指示をする。
その先にはやはり座布団があり、名前はそこに素直に正座をした。

その刹那、


名前「……えっ!!?」


名前は反射的に声を上げた。
名前と向き合って座っていた土方が、彼女に向かって頭を下げたからである。


土方「…悪かった。正直、お前を見くびっていた。お前にあれ程の覚悟があったとは思わなかった」

名前「えっ、ちょっとやめてください!土方さんが頭下げるとか、調子狂うしめちゃくちゃ怖いです!!」

土方「…人の誠意を "怖い" だァ…?」

名前「すみませんでした口が滑りました!」


いつも彼に悪戯を仕掛けているせいか、こういう時に余計な一言を発してしまうのが名前である。
頭を垂れたまま顔だけを僅かに上にあげて睨みを利かせる土方には恐ろしい程の迫力があり、名前は肩を竦めて謝った。

すると土方は立ち上がり、押入れから何かを取り出す。
それは、臙脂色の布に包まれた細長い物。


土方「…受け取れ。これはお前の分だ」

名前「土方さん、これって…」

土方「ああ」


ずっしりとした金属の重み。
先端の紐を解けば、姿を現したのは刀の柄だ。
そして丁寧に布を外せば、艶やかな黒い鞘が現れた。


名前「これ、買ったんですか!?」

土方「借りもんだ、大切に使え」

名前「ああ、そうなんですね。…初めて触りました。やっぱりちょっと重いんですね」

土方「お前のはそれでも軽い方だ、落とすんじゃねえぞ」

名前「気をつけます」


初めて触れる本物の刀。
普段持っている木刀よりも、それは遥かに重い。
使い方次第では、己が身を守る盾にも命を吸い取る刃にもなる。
のしかかる重みに、名前はゴクリと唾を飲み込んだ。


土方「…名前。そのまま刀を抜け」

名前「…え?今ですか?」

土方「ああ。峰を此方に向けろ、半分だけ出してな」

名前「は、はあ……こう、ですか?」


土方の意図が分からず、名前は言われるがままに刀を半分抜いて峰を彼に向ける。
すると土方も己の刀を半分抜き、名前の刀の刃と打ち合わせた。

─── キィン……

金属特有の音が、静かな部屋に響き渡る。


土方「…金打、といってな。武士が誓いを立てる時にこうするもんなんだとよ」

名前「へえ、そうなんですね!何だか格好良いですね」

土方「俺もお前も武士じゃねえから、所詮真似事だが……いいか、名前」

名前「はい」


打ち合わされた刃を挟んで、土方と目が合う。
真っ直ぐ此方を見つめる本紫色に思わず息を飲み、背筋が伸びた。


土方「お前は、人を守る剣になれ」

名前「…守る剣…ですか?」

土方「そうだ。絶対に己の欲の為に抜くんじゃねえ、それじゃただの人殺しだ。俺も近藤さんも他の奴らも、そんな事は望んでねえ。お前は、何かを守る為にこの剣を使え。いいな?」


土方の鋭い目付きと引き締まった表情は、まるでこれから戦に向かう武士のようであった。


名前「分かりました。この刀は必ず、誰かを守る為に使うと誓います」


刀を握る手に力が入る。
白刃に映る名前は、真剣な面持ちで土方をしっかりと見つめていた。
その瞳は何処までも真っ直ぐで、力強い。

名前の意を決した面持ちを確認した土方は、フと表情を和らげた。


土方「…ま、お前が理由も無く刀を抜くとは微塵も思ってねえけどよ」


そう言って土方は刀を鞘に戻す。
彼のその言葉はぶっきらぼうではあったが、名前への信頼が表れている言葉だった。


名前「…そういえば、土方さんはどうして浪士組に参加しようと思ったんですか?」


何だか照れ臭くなった名前は、刀を納めながら話題を変える。


土方「俺は…本物の侍になりてえんだよ」


俺の事はどうだっていいだろ、とはぐらかされるかと思っていた名前だったが、土方は案外すんなりと理由を語った。


名前「…本物の、侍に…?」

土方「ああ。近藤さんと一緒に、本物の武士になりてえ…。そんで近藤さんを押し上げて、必ず日本一の武士にしてみせる」


それは名前が初めて耳にした、土方の夢。
本紫色が、希望という強い光を放っていた。
その瞳に背中を押されるように、名前は口を開く。


名前「それが土方さんと兄様の夢なら…尽くします。兄様達の為なら、私は何度でも走れますよ」


尽未来際、何処までも。

にこりといつもの笑みを浮かべてそう告げれば、土方は困ったように眉を下げる。


土方「…お前がそこまで素直だと気持ち悪いな」

名前「…んなっ、気持ち悪い!?なんてこと言うんですか、せっかくの人の誠意を!!」

土方「お前だって俺の誠意を怖いっつったろ」

名前「土方さんのは本当に怖いんですもん」

土方「あ?」

名前「ほら怖い!そうやってすぐ般若顔するから!」

土方「誰のせいだ、誰の!」


普段の二人の様子は、名前が悪戯を仕掛けては土方から拳骨を食らっている事が多いため、他の門弟達からは犬猿の仲のように思われているのかもしれない。
だが実際は違う。
名前と土方の間には、名前と沖田の間にある信頼とはまた別の信頼があるのだ。

しかし普段はお互いにそれを口に出す事はしない。
それは誰に対しても素直な名前ですら、恥ずかしがっている事なのである。
だからこうして改めて誠意を口にすることを、お互いにむず痒く思ってしまうのだ。


土方「明日は朝一で俺と稽古だ、覚悟しとけ」

名前「目が怖いです土方さん!暴力反対!!」

土方「暴力じゃねえ、稽古だ」

名前「言い掛かりですよねそれ!」


…こうして言い合うのも、実を言えばお互いに楽しんでいるのは秘密である。
これからも土方と共に過ごすことができるのは、名前にとっては嬉しいことなのであった。
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