銀桜録 試衛館篇 | ナノ


4

─── 三日後。
朝餉を終えてすぐ、皆は道場に集まった。
浪士組に参加するか否か、皆の返答を聞く為である。


沖田「僕は勿論行きますよ、近藤さんについて行きます」

藤堂「オレも行くよ」

原田「俺もだ」

山南「私も同行させて頂きます、近藤さん」

井上「私も皆と同じだよ」


その場にいる者が出した答えは、全員 "参加" であった。
皆の返答に、「そうかそうか!良かった!」と近藤はほっとしたような笑顔を浮かべている。

一方近藤の隣に座る土方はじっと目を閉じており、黙ったままであった。
まるで、何かを待っているかのように…。


近藤「…む?そういえば、名前はどうしたんだ?」


いつもは沖田の隣に居るはずの名前の姿が無い。
他の皆も名前の姿は見かけていないようで、首を傾げていた。


沖田「さっき部屋に寄ってみたんですけど、居ませんでしたよ」

藤堂「…そのうち来るんじゃねえの?」


藤堂がそう言った時である。

廊下から、聞き慣れた足音が聞こえてきた。
その気配を察した土方は、ゆっくりと目を開く。


名前「失礼します。遅くなりました」

沖田「あ、やっと来た……って、」

「「「はああああっ!!?」」」


道場に入って来た名前。
そんな彼女の姿を見て、驚きの声が上がった。

それもそのはず。
彼女はいつもの着物ではなく、男性用の袴を身につけていた。
普段島田髷にしていた髪は、藤堂のように高い位置で結い上げられている。
その出で立ちはまるで男のようであり、彼女が歩く度に腰ほどまである髪が艶やかに揺れていた。


藤堂「なっ…名前!?だよな!?」

永倉「おま、その格好…」

原田「髪まで…お前、どうしちまったんだ…?」


藤堂や永倉、原田は信じられないと言いたげな面持ちで声を上げ、沖田も淡萌黄色の目を見開いている。
近藤に至っては声も出ない程驚いている様子であった。

名前は藤堂達に向かって、フ、と柔らかな笑みを向けると、完全に固まってしまっている近藤と向かい合うように座った。


近藤「…名前、その格好は一体…」

名前「…兄様。お話がございます。聞いていただけますか」

近藤「う、うむ…」


座ったまま、近藤を真剣な眼差しで見つめる名前。
そして彼女は、道場の床に額がつくほど深く頭を下げた。


名前「兄様、どうかお願い致します。私も兄様達にお供し、浪士組に参加する事をどうかお許しください」


彼女のその言葉を聞き、目を白黒させたのは永倉や藤堂である。


藤堂「浪士組に参加って…お前が!?」

永倉「なんたってお前さんがそこまで…」


藤堂や永倉は理解出来ないと言いたげだ。
原田も困惑したような顔をしており、沖田は頭を下げる彼女をじっと見つめている。

一方で、彼女に厳しい目を向けるのは山南であった。


山南「…貴方の気持ちはよく分かりますよ、名前さん。しかし…我々がこれから手にするのは木刀ではなく真剣です。稽古とは違うのですよ」

名前「…重々承知しています」

山南「…貴方は女性です。女性としての道を歩むべきです。なぜそのような格好をしてまで…」


山南の声色は柔らかいが、その言葉は名前の行動を咎めるようなものであった。

一方、近藤は黙って名前を見つめていた。
恐らく、名前が浪士組に参加したいと言い出す事は予想がついていたのだろう。
山南の言葉を聞き終えてから、近藤は重々しい表情で口を開く。


近藤「…名前。山南君の言う通りだ。将軍様を狙う不届きな輩は然う然う居ないとは思うが…斬り合いになる可能性が無いわけではない。下手をすれば大怪我をすることも、命を落とすこともあるんだ。お前ならわかるだろう?」

名前「…はい」

近藤「…それでも、参加したいというのか?」

名前「はい」


頭を上げ、名前は真っ直ぐに近藤と山南を見つめた。
その瞳には、強い光が宿っている。

近藤や山南だけではなく、その場にいる全員が一瞬息を飲む。
彼女の瞳の強さには、それほど鬼気迫るものがあった。


名前「私には、皆さんのような秀でた剣技も学もありません。私は平凡な女です。ですが…私には、誠の心と覚悟があります」

近藤「…誠の心と、覚悟…」

名前「はい。兄様や皆さんにここまで育ててもらった御恩を、私はまだ返し切れていません。兄様達のお役に立ちたいです。ですから、兄様達の為に…私にも刀を振るわせてください。近藤名前は、この命をかけて、己が成すべき事を成しとうございます」


そこまで言うと、名前は懐から何かを取り出す。
それが懐剣だと気づくや否や、近藤は初めて動揺を見せた。


近藤「名前、何を ─── 」


近藤が尋ねたのと、ほぼ同時に。

─── ザシュッ…

白刃の光が煌めいた。


永倉・藤堂「「なっ、!!?」」

近藤「!!?」

山南「名前さん!?」


名前は己の長い髪をグイッと引っ張り、五寸程切り落としてしまったのである。
高い位置で結わえながらも腰まであった髪は、肩の位置の長さまで短くなっていた。

あまりにも大胆で予想外の行動に、近藤達は言葉を失う程驚愕していた。
切り落とした髪を握り締めた拳を、名前は近藤達の前に差し出す。


名前「 ─── これが、私の覚悟です」


髪は、女にとって命と大差がないものである。
名前はそれを迷いなく切り落とし、近藤達に差し出した。

断髪は、己の死や過去の自分との決別を覚悟した時に行うもの。
己の命を近藤達の為に使うという、名前の強い意志の表れであった。


近藤「 ─── 参った。俺の負けだ、名前」


暫く張り詰めた空気で沈黙が続いた後、近藤がそんな言葉を発した。
根負けした、という声色である。

その言葉に、名前はハッとして目を輝かせた。


近藤「お前の気持ち、確と受け取った。そこまでされて無下にはできん。共に行こう」

名前「っ!ありがとうございます!!」

山南「…まさか、貴方にそこまでの覚悟があったとは。それに…近藤さんが言うのでしたら、仕方ありませんね。女性が参加出来ないとは言われていませんし」

名前「はいっ、ありがとうございます!!」


近藤も山南も困ったような、しかしそれでいて名前に賞賛を送るような表情をしていた。

一方、一言も発さずに事の成り行きを見守っていた土方。
その後も何か言うことは無かったが、口元には微かに満足気な笑みが浮かんでいた。

こうして、名前の浪士組への参加は認められたのである ───。


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