銀桜録 試衛館篇 | ナノ


3

─── 失礼します、と声をかけて名前は土方の部屋へ入る。


土方「そこに座れ」


土方が視線で指示する先には座布団が敷いてあった。
名前は素直にそこに座り、土方と向かい合う。
一体何の説教だろうか、と首を竦めていると。


土方「…単刀直入に聞く。お前はどうしたいんだ」

名前「……はい?」


唐突に始まった話に、名前は目を瞬かせる。
しかしすぐに浪士募集の話だと気づき、困ったように眉を下げて笑った。


名前「もう、土方さんまで何言ってるんですか。女の私が参加できるわけないじゃないですか」

土方「……名前」

名前「…もしかしてあれですか、私のことを女だと思ってないとか言い出すんですか!?それは流石に傷付くなぁ…」

土方「名前」


ぺらぺらと喋り出した名前。
そんな彼女の名前を、土方は呼んだ。
…彼女が決して、 "悲しみ" を表に出さないことを知っていたから。
真っ直ぐに彼女を見つめて、その名をはっきりと呼ぶ。

土方に見つめられて、名前はピタリと口を閉じた。


土方「…俺は、お前が・・・どうしたいのかを聞いてんだよ」

名前「……」


土方は恐らく、名前の本心を見抜いた上で、敢えて聞いている。
「どうしなければならないのか」ではなく、「どうしたいのか」という聞き方だからだ。
そんな彼に、嘘など通用するはずがなかった。
名前は、着物の裾をぎゅっと握り締める。


名前「…私は…行きたい、です…」


行きたくないわけがない。
皆と離れたいわけがない。
だが、そんな我儘が通るとは思えない。
女が真剣を握り、いざとなれば人を斬るなど。

名前の本心を聞いた土方は、小さく息を吐く。


土方「…お偉いさんはこう言ってた。"身分は関係ない。罪人、農民であっても剣の腕に優れた者であれば誰でも参加出来る" だとよ。…どういう事かわかるか、名前」

名前「え?…いやいやいや。土方さんまで総ちゃんみたいなこと言わないでくださいよ、揚げ足取りじゃないですかそれ」

土方「利用できるもんは利用すんだよ、行きてえならな」


土方が言いたいのは、「募集条件では性別は言及されていない」ということだろう。
男しか集まらないだろうから書くまでもないのだろうが、土方はそれを逆に利用しろと言っているのだ。
なかなかの暴論である。


名前「だけど…兄様達が許してくれるか…」

土方「まあ、反対されるだろうな」

名前「ですよね……」


妹思いの近藤が、名前の身を危険に晒すような真似をするはずがない。
真剣を持たせて将軍の警護など、以ての外である。
他の皆も沖田を除いて、賛成してくれるとは思えなかった。

絶望的な状況だ、と名前が天井を仰いでいると。


土方「…諦めんのか?」


フ、と本紫色の瞳と目が合う。
彼の瞳は静かで、それでいて強かであった。


土方「まだ自分の望みを話してもいねえのに諦めんのか。らしくねえじゃねえか、いつもの頑固汚れにも劣らねえ粘り強さは何処に行った?」

名前「……」

土方「見合い話断ってまで俺達と居ることを選んだんだろうが。だったら最後まで自分を貫いてみろ」


真っ直ぐな瞳に射抜かれて、名前は息を飲む。

…土方は狡いと、名前は思う。
彼は、人を奮い立たせるのが上手い。
名前がいつも悪戯を仕掛ける相手であっても、何度彼の言葉に背中を押されたことか。

土方の言葉は不思議だ。
力が漲ってきて、何でも出来るような気がするのだ。


名前「……わかりました。やってみます」


フ、と土方の表情が和らぎ、口角が上がった。
それでこそお前だ、と言わんばかりの表情であった。


土方「話はそれだけだ、戻れ」

名前「はい」


ぺこりと頭を下げて、名前は立ち上がる。
部屋を出ようとして、ふと足を止めた。


名前「…土方さんは、嫌じゃないんですか?」

土方「…あ?」

名前「私が行くの、反対じゃないんですか?女の私が家茂公の警護だなんて…。女のする事じゃねえ、間違ってるって思わないんですか?」


再び、視線が重なり合う。


土方「…お前は、間違っていると思うのか」

名前「いいえ。ただ…私が土方さんの立場で、その上で私みたいな人を見たら、思ってたかも」


名前にとって意外だったのは、土方が反対しなかったことであった。
女の仕事はお家を守ること、女は男の後ろに居ればいい。
それが今の時代の考え方だ。

そう告げれば、スッと土方が立ち上がる。
名前の方へと近付いてきて、彼女の色白な肌に手を伸ばした。
指先で軽く彼女の顎を持ち上げ、自分の方を向けさせる。


土方「…確かに、褒められた事じゃねえだろうな。だがな、世間様がどうであれ、貫きゃ誠になるんだよ」


名前は、焦茶色の瞳を大きく見開いた。

何事も貫けば、誠になる。
世間から後ろ指を指されようとも、貫き通せば、それは間違いではなくなる。
少なくとも、自分にとっては。

その言葉は、名前の心に深く響いた。


名前「…刻んでおきます」

土方「おう」


目を細めて名前を見る土方の表情は、穏やかだった。
名前から離れ、土方は文机へと戻る。


名前「…土方さん」

土方「なんだ」

名前「…ありがとうございます」


それは、普段なら小っ恥ずかしくて言えないような言葉であった。
しかし、今伝えずにいつ伝えるというのだ。


土方「…さっさと寝ろ」


土方は、驚いたように一瞬名前を見てからガシガシと頭を掻く。
それが照れ隠しだということを、名前は知っている。
彼の背中を見て、名前はくすりと笑った。


名前「……裏表 なきは君子の 扇かな」

土方「っ!?名前、てめっ…また勝手に読みやがったな!?」

名前「この句ってどういう意味なんですか?」

土方「座れ!!今すぐ此処に座れ!!説教だ!!」

名前「嫌ですおやすみなさい!」

土方「名前!!!」


土方が名前を捕まえるよりも早く、名前はスパーンッと勢いよく障子戸を閉めて部屋から出た。

ふと縁側の外を見れば、夜空高くに丸い月が浮かんでいた。
今宵は満月。
その輪郭ははっきりとしていて、闇夜を照らす光は静かで強かであった。


名前「……よし」


自分がどうするべきなのか、どうすれば皆に納得してもらえるのか。
あの月のように、自分も強かでありたい。

月を見上げる彼女の瞳には、覚悟が顕れていた。
<< >>

目次
戻る
top
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -