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──── 夕餉の後。
土方に言われた通り、皆は再び道場に集まった。
名前が皆にお茶を入れて配り、一番後ろの隅に座ったのを確認してから、近藤は話を始めた。
近藤「皆、よく聞いてくれ。実は先日永倉君が教えてくれた、浪士募集の件の詳細がわかったんだ」
近藤はそう話を切り出した。
そしてその話は、名前達が耳を疑うものであった。
まず近藤と土方、永倉は話の真相を確かめるため、兵を募ったという松平上総介を訪ねたのだという。
彼の話によると、清河八郎という人物が江戸で浪士組という組織を結成するらしい。
そして驚いたことに、その浪士募集の目的は江戸幕府将軍徳川家茂の上洛の際に将軍を警護するということだったのである。
条件は永倉が話していたものと変わらず、腕に覚えがある者ならば身分は問わないというものであった。
そしてその浪士組に参加するのが昼間に此処を訪れた芹沢と新見だった、というわけである。
想像を遥かに凌駕する内容であり、名前は目をぱちくりさせて話を聞いていた。
近藤「そこで、皆も一緒に参加してはどうかと思ったんだ。俺とトシと永倉君は、勿論参加する」
土方「これは強制ってわけじゃねえ。此処を離れて京まで行くことになるんだからな、参加したい奴がすりゃいい。…だが、こんな機会は二度とねえだろう」
近藤「いきなりの話で混乱している者もいるだろう。皆それぞれ思うところもあるだろうから、今日と明日、じっくり考えてみてくれ。明明後日に返事を聞こう」
話は以上だ、と近藤が切り上げたことで、今日は解散となった。
皆がそれぞれ道場から出て行き始める中、名前は空になった湯のみをお盆に乗せていく。
彼女の他に未だこの場に残っているのは、沖田と土方であった。
土方はまだお茶を飲み終えていなかったようで、湯呑みに注がれたお茶を啜っている。
沖田は、じっと名前の背中を見つめていた。
沖田「……ねえ」
名前「んー?」
沖田「…名前は、どうするの」
湯呑みを片す名前の手がピタリと止まった。
しかしそれは一瞬のことで、直ぐに手が動き始める。
名前「あはは、何言ってるの。いくら身分を問わないって言っても、私は女なんだから流石に行けないって」
沖田「…本当に、それでいいの?」
名前「いいも何も…そもそも、出来ないんだよ」
そう言って沖田を振り返った名前は、笑顔であった。
他の者ならば、その笑顔は普段通りの名前の笑顔に見えるのだろう。
しかし、沖田は違った。
三日月になった彼女の焦茶色の瞳には寂しげな色が浮かんでいることに、しっかりと気付いていた。
名前「総ちゃんは行くんだよね?」
沖田「…うん。近藤さんが行くなら僕も行く」
名前「そうだよねぇ」
「寂しくなっちゃうなぁ」と独り言のように、へらっと零す名前。
それが名前の何よりの本音である事は、勿論沖田も見抜いている。
すると、カタンと湯呑みを置く音がした。
名前が其方を見れば、丁度土方が立ち上がるところであった。
土方「…名前。片付け終わったら俺の部屋に来い、話がある」
真剣な色味を帯びた本紫色の瞳が、じっと名前を見つめる。
名前は、目をぱちくりとさせて土方を見上げていた。
何か呼び出されるような事をしただろうかと考えているのである。
…まあ、名前の場合は心当たりしかないのだが。
名前「…げっ、もしかして土方さんの部屋で石田散薬ぶちまけちゃったのバレました?」
土方「…ちょっと待て、何の話だそりゃ」
名前「えっ、違うんですか!?…あっ、じゃあ般若心経を書いた半紙を二十枚くらい部屋中に貼ったことですかね?あれ凄い大変だったんですよ」
土方「お前の仕業か名前!!」
名前「総ちゃんもです」
沖田「ちょっと、売らないでよ」
土方「ふざけんな!!あとで説教だ!!」
名前「…っていうことはそれも違うんですか!?」
要らぬ墓穴を掘ってしまった、と名前は顔を顰めた。
そんな彼女をギロリと睨み付けた土方は、「いいから片付け終わったら来いっつってんだよ!!」と目をつりあげて怒鳴り、ズカズカとその場から去って行った。
残された名前は沖田と顔を見合わせて首を傾げながらも、一先ず片付けに取り掛かったのである。
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