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─── やはり、どこか違う気がする。
午前は少し休んでから畑作業を行い、その後は一人で素振りをしていた名前。
しかし実際はあまり集中しておらず、その視線は沖田と木刀を交えている斎藤に注がれていた。
どこがいつもと違うのかと尋ねられれば、それは上手く答えられない。
ただ、"何か" が違うのである。
斎藤は寡黙な人物だ。
自分から何かを語ることはほとんどなく、感情を表に出す事も少ない。
それ故に、彼の口から直接聞かねば何を考えているのか分からない節がある。
だが ───
一体なんだろう。
嵐の前の静けさのような…今の彼に潜むものは。
土方「おい、集中しろ」
名前「痛っ」
コンッと軽く頭を叩かれる。
我に返って振り返れば、そこには道着袴を着た呆れ顔の土方が立っていた。
名前「土方さんお帰りなさい」
土方「おう。稽古は集中してやれ、芯がぶれてるぞ」
名前「あ、すみません」
ぺこりと頭を下げてから、ふと土方の顔を見る。
土方「…なんだ?俺の顔に何か付いてるか?」
名前「…あ、いえ。そういうわけではないんですけど」
土方は細やかな男だ。
周りをよく観察しており、視野が広い。
だからこそ、名前の中で上手く言語化出来ない違和感を見つけてくれるのではないかと思ったのである。
名前「土方さん」
土方「あ?」
名前「…今日の一君、なんかいつもと違いませんか」
周りには聞こえぬよう、声を潜めてコソッと耳打ちをする。
土方は一瞬訝しげに眉を寄せると、直ぐに打ち合いをしている斎藤の方へと視線を向けた。
土方「…特に変わりはねぇと思うが…」
名前「…そうですか。それならいいんですけど…」
やはり、自分の考えすぎなのかもしれない。
あんな夢を見たせいで少し神経質になってしまっているのだろう。
土方「…まあ、強いて言うなら…いつも以上に鬼気迫るものがあるってところじゃねえか」
名前「鬼気迫る…確かに、そう言われてみれば…」
もう一度斎藤の方を見て、名前は土方の言葉に納得した。
確かに土方の言う通り、斎藤が刀を振るう姿にはいつも以上に気迫があるように見えた。
土方「…何かあったのか、斎藤と」
土方の言葉に、名前はふるふると首を横に振る。
名前「いえ、別になんでもないですよ」
土方「…そうか」
土方の本紫色の瞳が名前をじっと見つめている。
まるで彼女の本心を探ろうとしているような目だった。
何も悟られぬよう、名前は笑顔を作る。
名前「それより土方さん、久しぶりに稽古のお相手してくれませんか」
土方「…ああ、構わねえよ」
名前「やった!ありがとうございます」
万歳をしながら飛び跳ねて喜ぶ名前。
しかし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた土方を見て、彼女は動きをピタリと止めた。
嫌な予感を察知したのである。
土方「お前、この間俺の部屋から句集盗んで総司の部屋に置いただろ。叩きのめしてやるから覚悟しとけ」
名前「げっ、バレてた!やっぱり左之さんとやるので遠慮しときます!!」
土方「逃がすかよ」
名前「ぎゃーーーっ!!痛い痛い、土方さん痛い!!」
土方「おい原田!審判してくれ」
名前「いやだあぁぁっ!!左之さん駄目!!」
原田「お、おお…?」
永倉「……何やってんだ、彼奴ら」
藤堂「さぁ…?」
殺気立つ土方とそんな彼に襟首を掴まれている名前を見て、永倉と藤堂は首を傾げるのであった。
そんな最中。
斎藤「……」
名前「…っ!」
名前は土方に首根っこを掴まれながら、ふと斎藤と目が合う。
沖田との試合を終えたらしく、静かに此方を見つめている斎藤。
いつもと変わらず、小さな笑みを浮かべている。
彼のその蒼い瞳は穏やかにも見えるが…その一方で、儚げにも見えて。
名前は、ますます斎藤の様子に不安を覚えるのであった……。
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