銀桜録 試衛館篇 | ナノ


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──── 文久二年 十二月。

木々の葉は全て散り、少し前までは色鮮やかだった風景が、何もかも灰色に覆われた頃。
"それ" は、斎藤の元へ届いた。


斎藤「……」


一通の文。
その内容に、斎藤は一瞬眉を顰める。

差出人は旗本の子弟を名乗る者。
指定された日時と場所、そして太く力強く書かれた "決闘" の文字。
─── それは、所謂果たし状であった。

相手が死を覚悟して決闘を申し込んできたのならば、それに誠意を持って応えるべきだと斎藤は考えている。
剣に生きると決めた身の上、今更死など恐れてはいない。

恐らく、以前までの斎藤ならば迷うことなくこの決闘を承知しただろう。
…しかし、今は。


" 名前「一君っ!」"


斎藤「…っ、」


文机に置かれてある、桜草の押花の栞。
それが目に入ると、脳裏で彼女の鈴の音のような声が木霊する。

指定の日付まで、あと十日程。
自分が決闘で負けるとは思えなかった。
しかし旗本の子弟と斬り合いをしたとなれば、最早此処には居られまい。
そして、自分が出入りしている試衛館にまで…このまま通い続ければ、迷惑をかけてしまうことになるだろう。


斎藤「…名前…」


なぜ彼女が今、脳裏を過ぎるのか。
斎藤にはわからなかった。
自分の中で、彼女の存在が大きくなってきていることに気づいていないのである。


斎藤「…名前」


もう一度彼女の名を口にし、栞に咲く花をそっと撫でる。
その花を静かに見つめる蒼は、酷く切ない ───。

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