銀桜録 試衛館篇 | ナノ


4

名前「こんにちはー!」

松「あら、いらっしゃい!」


他愛もない会話をしながら名前と斎藤は、お松の元を訪れる。

いつものように暖簾を潜れば、温かな笑みを浮かべて迎えてくれるお松。
名前にとってはもう一つの家のような安心感である。


名前「お松さん、今日のお勧めを三本くださいな」

松「はぁいよ!あんたはどうする?」

斎藤「…俺も、同じものを」

松「はぁいよ!さ、座って座って!」

名前「ありがとうございます!」

松「いいえ!ごゆっくり」


お松は名前の半歩後ろにいる斎藤を見て一瞬目を丸くしたが、すぐに我が子を見守るような優しげな表情になった。
何も言わずに注文を取ってくれたのは、お松なりの気遣いなのだろう。

席について少し待っていれば、お松が団子とお茶を持ってきた。
皿に乗っている団子はきな粉と蓬、そして胡麻団子である。
ほんのりと甘い香りが鼻を掠め、名前はパッと目を輝かせた。


名前「わあ、美味しそう〜!いただきます!」

斎藤「…いただきます」

松「はぁい、召し上がれ」


此処で何度も団子を食べているというのに、未だに初めて団子を見たかのような喜び方をする名前を見て、お松はクスッと笑った。
毎度そこまで喜んでもらえると、お松としては嬉しいものである。

まずは蓬団子に手をつけた名前。
パクリとかぶりつき、ほわっと幸せそうな笑みを浮かべた。
そんな彼女を見て、斎藤は小さく笑う。


斎藤「…あんたはいつも、美味そうに食べているな」


硝子玉のように丸い瞳が斎藤を捉える。
どうやら無自覚であったようで、名前はきょとんとしていた。


名前「え?そうかな?」

斎藤「ああ」

名前「…あ!そういえば、少し前に新八さんと左之さんにも同じことを言われたんだった。食わせ甲斐があるとか言われたんだけど、絶対子供扱いしてるよねぇ」

斎藤「…どうだろうな」

名前「土方さんなんて食い意地張ってるとか言ってくるんだよ、酷いよねぇ」

斎藤「…そうか」


土方達の言葉を思い出して、ムスッとした表情になる名前。
しかしその表情は、再び団子を食べればへにゃりと破顔した。


名前「んーっ、美味しい!」

斎藤「…ああ。そうだな」


あっという間に三本目のきな粉を食べ始めている名前と、未だゆっくりとした手付きで一本目の団子を食べている斎藤は対照的である。

ゆったりとした、温かい時間の流れが心地良い。


名前「ねえ、一君」

斎藤「…なんだ?」

名前「…また、誘ってもいい?」


恐る恐る、自分よりも少し高い位置にある斎藤の顔を見上げながら尋ねる。
切れ長の蒼は一瞬驚いたように見開かれたが、すぐに優しげな色が浮かんだ。


斎藤「ああ、構わん」

名前「っ!ほ、本当!?」

斎藤「…俺はあんたに嘘など付かぬ」

名前「わあ、良かったぁ!」


斎藤の言葉に、名前はほっとしたような笑みを浮かべた。
そして「次もお団子を…ところてんもいいなぁ…お蕎麦も食べたい…」とぶつぶつと呟いており、どうやらもう既に次の外出は何処へ行こうかということに思いを馳せているようだ。

気の早い彼女を見て、斎藤はフと小さな笑みを浮かべる。


斎藤「…俺からも、誘っても良いだろうか」

名前「……えっ」


ぱたりと呟きが止んだ。
丸い焦げ茶色の瞳が大きく見開かれ、斎藤を見つめたまま固まってしまっている。


斎藤「…すまぬ、迷惑だったか」

名前「…えっ、あっ…ぜ、全然!全然そんなことない!ぜひ!私、一君と一緒なら何処へでも!」


斎藤の言葉を聞き、ようやく時が動き出したように名前は喋り出した。
勢い余って大胆な発言までしてしまっていたが、あまりの衝撃で彼女自身は気づいていないようである。

まさか、斎藤からも誘うと言ってもらえるなんて。
嬉しくて嬉しくて、バクバクと高鳴る心臓を抑えきれない。

ほんのりと顔が紅潮していくのを感じながらもう一度斎藤の顔を見れば、彼は優しく微笑んでいて。
なんだか急に恥ずかしくなり、名前は慌ててきな粉団子を頬張る。
そのきな粉は、先程よりも甘い気がした。

…幸せだ、と名前は思う。
こんな日々がずっと続けばいいのに、とも。

しかし "その時" は、音もなくじわじわと忍び寄って来ていた ─── 。
<< >>

目次
戻る
top
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -