銀桜録 試衛館篇 | ナノ


3

桔梗屋「 ─── おっ、名前ちゃんじゃねえか!いつの間に嫁いだんだい!?」


…何回目だろう、このような勘違いをされるのは。
今日何度も掛けられている言葉をまたもや耳にし、名前は顔を真っ赤に染め上げた。

此処は桔梗屋という御菓子屋である。
何度も花売りで来ているため、桔梗屋の主人とはよく世間話をするような仲であった。

桔梗屋の主人だけではなく、名前は町中に知り合いが多い。
その為、商売中でなくとも外出中に声を掛けてもらうことが多かった。

それは今日も例外ではなく、すれ違う度に「名前ちゃん!」と声を掛けてくれる人が多いのだが…。


"「あら!名前ちゃん、いつの間に婚姻を!?そうよねぇ、名前ちゃんも十七ですものねぇ!」"

"「おっ、名前ちゃん!もしかして旦那か!?なんでえ、隠してるなんて水くせえじゃねえか!」"

"「あら〜!名前ちゃんの旦那さん!?良い男じゃないの〜!」"



名前の隣を歩く斎藤を見るなり、知り合いという知り合いが尽く勘違いをする。
その度に「違います!」と否定してはいるのだが…。
瞬く間に町中の噂になることは目に見えていた。

そもそも今の時代、男女が共に歩いているというのは稀な事である。
夫婦に見られても仕方がないのだ。

名前は普段は沖田と出かけることが多いものの、幼い頃から二人が一緒に居ることを町の人々も知っていたため、そのような仲であると思われたことはなかった。
しかしそれが斎藤となると話は別だ。
年頃の娘が見知らぬ男と歩いていれば、婚姻したのだと勘違いされても仕方がなかった。


名前「…違いますよ、桔梗屋さん。この人は同じ道場の仲間でして」


今日何度目かになる説明を口にすれば、「なんだ、そうなのかい」と心底残念そうな顔をされる。
これも毎度同じ反応である。


名前「…ごめんね、一君…」


お茶請けの菓子を買って店を出てから、名前は眉を下げて斎藤に謝った。

名前も、まさかここまで周りに勘違いをされるとは思いもしなかったのである。
自分が不用意に外出に誘ったせいで、斎藤に嫌な思いをさせてしまったかもしれない。

しかし思いの外、斎藤は表情を変えることも無く静かに首を横に振った。


斎藤「…いや、此方こそ面目ない。俺の配慮が足りなかった」

名前「えっ、一君は何も悪くないよ!誘ったのは私だし…」

斎藤「…しかし、噂には尾鰭が付き物だ。今後あんたに嫌な思いをさせかねないだろう」

名前「嫌な思いって…別に私は、」


" 一君となら全然構わないよ。"
そう口走りかけて、名前は慌てて口を閉じた。


名前「…わ、私は大丈夫だよ!知り合いは多いから弁解はできるし!」

斎藤「…しかし、」

名前「ほ、ほら行こうよ!お松さんのところ!お団子売り切れちゃう!」

斎藤「…ああ」


早々に話を切り上げて、名前は斎藤と共にお松の働く団子屋へと向かう。

名前は斎藤に想いを告げたあの日以降、彼への想いを口にする事を止めた。
自分が斎藤を好きだと告げれば、斎藤を苦しめてしまうことに気づいてしまったからである。
もう二度と、あの時のような斎藤の悲痛な表情を見たくなかったのだ。

彼が、名前の想いに応えられない事は名前自身重々に承知している。
お互いに、今のままの関係を望んでいることも。

想いが結ばれなくてもいい、このままの関係で構わない。

その変わり、名前の望みはただ一つ。
願わくば、許される限り彼の傍に居たい ─── 。
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