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──── 文久二年 九月。
早いもので季節は秋。
太陽の光が黄色の楓の葉に混ざり、木々の葉は橙色に染まっていた。
そんな中、廊下をご機嫌な足取りで歩いているのは名前である。
名前「何を買おうかなぁ…」
わくわくと胸を躍らせる名前の手には、小さな巾着袋が握られていた。
実は先程、土方に呼び出された名前。
お茶請けの菓子が切れてしまったので買って来てくれと頼まれたのである。
しかし渡されたのは、お茶請けを買うにしては少し多めの金額。
どうやら最近薬の売れ行きが良いらしく、「お釣りで久々に好きなもん食って来い」と土方は敢えて少し多めにお金を渡したのであった。
何だかんだで、土方は名前に対しても細やかというか、名前が問題さえ起こさなければ優しいのである。
というわけで、名前は何を食べに行こうかと期待に胸を膨らませながら歩いているのであった。
そんな彼女が向かうのは、沖田の部屋だ。
ここ最近は辻斬りの噂は耳にしなくなったが、念には念をということで、外に出る時は誰かと一緒に行くように土方から言われているのである。
…まあ、もし仮に言いつけられていなかったとしても、名前ならば沖田を誘っているのだが。
名前「総ちゃーん!一緒に何か食べに…って、あれ?」
ひょいっと沖田の部屋を覗き込んだ名前。
しかしその部屋に沖田の姿は無かった。
確か沖田は道場にも居なかったはずだ。
しかしそういえば、今日は朝餉以降沖田の姿を見かけていない気がする。
何処に行ってしまったのだろう、と名前が首を傾げていた時である。
藤堂「……名前?何してんだ、総司の部屋で」
名前「あ、平助に左之さん」
声をかけられて振り返れば、ちょうど部屋の前を通りかかったらしい藤堂と原田がいた。
名前「ねえ、総ちゃん知らない?」
原田「総司?彼奴なら山南さんと出稽古に行ったんじゃねえのか?」
名前「…あ、そっか!そういえば今日だったっけ」
2、3日前に沖田から告げられていた内容を思い出し、名前は声を上げる。
そういえば、山南と沖田が一緒に出稽古に行くと言っていた。
すっかり頭から抜けてしまっていたのである。
原田「総司に何か用でもあったのか?」
名前「あー…ううん、なんでもないの!それより二人とも、もし暇なら一緒にお団子とか食べに行かない?土方さんから少しだけお小遣い貰ったの」
沖田の部屋へ訪れた理由は告げずに二人を誘う名前。
沖田が居ないから代わりに二人を誘った、と思われてしまうのは何だか憚られたのである。
すると、途端に目を輝かせたのは藤堂だ。
藤堂「おっ、そりゃいいな!俺も団子食い、もがっ!!?」
しかし、何かを言いかけた藤堂の口は大きな武骨な手によって瞬時に塞がれる。
原田「っと、悪いな名前。実はこれから平助と新八と呑みに行く約束をしていてよ」
藤堂「もごごっ……」
名前「う、うん…?」
原田に口を塞がれてじたばたと暴れている藤堂を見て、名前は目をぱちくりさせた。
何をやってるんだろう、と言いたげである。
しかし、ニヤッと笑みを浮かべた原田を見て、名前の頭に嫌な予感が過ぎる。
名前「……あ、あのー、左之さん……?」
原田「そういや、斎藤が道場にいたぜ。一緒に出かけてこいよ」
名前「え」
原田「じゃ、また後でな。おい、行くぞ平助」
藤堂「ちょ、いきなり何すんだよ左之さん!つうか、呑みに行く約束なんて…」
原田「いいから行くんだよ馬鹿」
藤堂「いだだだだっ!?」
爽やかな笑顔を名前に向けた原田は、状況を全くわかっていないらしい藤堂を無理やり引っ張りながら、その場を去って行ってしまった。
残された名前は、暫くの間ぽかんとして彼らの背中を見送っていたが…。
名前「……え、ええええっ!!?」
全てを理解した瞬間、ボフンッと火がついたように顔が赤くなった。
どうやら原田が気を利かせて、名前と斎藤が二人きりになれるよう取り計らってくれたらしい。
斎藤とは、二人で話し込むことが多くなってきてはいるものの…。
改めて二人で出かけるとなると、やはり色々意識してしまうし何だか恥ずかしい。
そもそも、了承してもらえるかどうか…。
だが、せっかく原田が作ってくれた機会だ。
誘うだけ誘ってみよう。
もし駄目なら…その時はその時だ。
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